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2019年5月20日 (月)

このごろハマっているドラマ

 今、毎週欠かさず見ているドラマがいくつかあります。そのうち2本は、ゲイが主人公というところが共通しています。

 一つは、「腐女子、うっかりゲイに告る」。NHKの「よるドラ」枠で土曜の夜に放送されています。タイトルが軽いノリなので、そういうドラマを想像して気軽に見始めたら、とんでもなかった。

 主人公の安藤純は高校3年生でゲイ。年上の恋人がいます。恋人は結婚していて、子どももいます。母一人子一人の母子家庭で育った純は母親に心配をかけたくない気持ちから、女性と結婚し、子どもを持つ「普通の」暮らしを追い求めます。

 同じクラスにボーイズラブが大好きな腐女子、三浦紗枝がいて、ゲイだとは知らず、純を好きになります。紗枝 は「腐女子」であることをクラスメイトに知られていじめられた辛い過去を持っています。

 純は先に書いたような動機から紗枝 の告白を受けて交際を始めます。実際、彼にとって彼女は今まで見たことのない魅力のある子だったのです。なんとかして紗枝 とSEXにこぎつけたいのですが、うまく行かず…。先週の放送では、純がゲイであることがクラス中に(学校中かも)知れ渡り、追い詰められた彼は衝撃の行動を取りました。

 難しいテーマに真摯に向き合っている制作スタッフや俳優さんたちに喝采を送りたいです。純を演じているのは金子大地。この俳優さんは初めて見ました。純役にしっかり取り組んで、微妙な感情を繊細に表現しています。紗枝役は藤野涼子。自然体の演技が素晴らしく、感嘆してしまいます。 宮部みゆき原作の映画「ソロモンの偽証」の主人公でデビューした人です。「藤野涼子」はそのときの役の名前。朝ドラ「ひよっこ」にも有村架純の友達、豊子役で出ていましたね。金子大地も「ひよっこ」に出ていたらしいのですが、覚えていません。

 もう一つのゲイが主役のドラマは「きのう何食べた?」。テレビ東京系列で木曜の深夜、というか金曜の朝0時過ぎに放送しています。西島秀俊と内野聖陽という人気の高いイケメン中年俳優さんがW主演。西島秀俊は弁護士、内野聖陽は美容師という職業設定で、仲良く暮らすゲイのカップルの日常を描いています。

 二人とも中年ですから、さまざまの苦難はすでに乗り越えてきたのでしょう。終始ほっこりした気分で見ることができます。西島秀俊が演じる筧史朗(シロさん)は料理が上手で、毎回、台所で腕をふるう場面や出来上がっためちゃくちゃ美味しそうな料理を二人で食べる場面が出てきます。こんな男性と暮らしたい! と思ってしまいます。内野聖陽が演じる矢吹賢二(ケンジ)は仕草が女性っぽく、可愛らしい。

 西島秀俊は「メゾン・ド・ポリス」でもエプロン姿でアイロン掛けに精を出す元刑事役でしたし、このところ「家事をする男」の役が続いています。ご本人は私生活ではまったく家事をしない人らしいのですけれどね。

 もう1本、書いておきたいのは性的マイノリティとは全然関係のない時代ドラマ「大富豪同心」。NHKで金曜の夜に放送が始まったばかりです。

 主人公、八巻卯之助役の中村隼人は歌舞伎界の御曹司。二世中村錦之助の子息です。尾上右近と並んで、今、若手のイケメンナンバー1を争っている役者さん。シネマ歌舞伎で「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」を見たとき、二役を演じたこの人の力量が印象に残りました。テレビドラマで見るのは初めてです。さすがに身のこなしが美しく、時代ドラマにぴったりの人選でした。

 卯之助は大金持ちの商家の出。祖父が金で買った同心の仕事に就くという設定です。武道はからきしダメで体力もなく、祖父と幽霊が何より苦手。放蕩を尽くしてきて身につけた教養と人脈が思いがけず役に立つところが面白い。とはいえ、あまりの恐怖から立ったまま気絶しているのを見て剣豪が「よほどの使い手」と誤解するなど、あり得ない! 場面も多々見られます。そんなのも含めて気軽に楽しめる娯楽番組です。

 第1回を見て、私が釘付けになったのはエンディングでした。出演者が主題歌(演歌です)に合わせて踊るんです! 「カルテット」「逃げるは恥だが役に立つ」など、エンディングで俳優さんたちがダンスを披露するドラマはこれまでにもありましたが、時代ドラマでそれをやるとは! まずあっけにとられ、次には笑ってしまいました。だけど、このシーンがとても楽しいのです。

 隼人の演技力そのものは70点かせいぜい80点と言ったところ。それでも脇役がしっかりしているので見ていられますし、間の取り方などこれからだんだん上達するのではと期待しています。演出がもう少しきっちりすれば、もっといいドラマになって、シリーズ化するかもしれません。原作の小説は二十数冊もあるらしいので、ネタには困らないでしょう。

2019年5月19日 (日)

2度目の大文字山 13km

 昨日、阪急交通社主催のハイキングに行ってきました。参加費は無料です。行き先は大文字山(如意ヶ嶽)。2度目なので、前に登ったときより楽に歩けるかな? と期待していました。

 大文字山を銀閣寺の側から登ってインクラインの方へ下りるというコースは同じでしたが、銀閣寺までと、下りてからの経路は前回とは違っていました。

 三条大橋付近の鴨川河川敷に集合して、9時半ごろ出発。平安神宮の前を通り、

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 哲学の道を歩きます。この途中、急に左太股が痛くなってきました。まだ山道に入ってもいないのに。おまけに雨も降り始めました。今日は取りやめにして帰ろうかな? と迷ったりしながら、雨具(上着だけ)を着ることにしました。ザックにも雨よけカバーをかけます。私にしては速めのペースで歩いてきたのですが、痛みがひどくならないようにペースを落としました。

 銀閣寺を過ぎて、10時半ごろ、登山道に入ります。町中とは打って変わって、深閑とした雰囲気です。30分ほど登ると、火床がある場所に着きました。この火床は、五山送り火で「大」の字に薪が燃やされる台です。眺望抜群のスポット。ここまでは小学生の遠足でも来るんだそうです。登山口から30分で登れますからね。幸い、雨も止んできました。

 昼食ポイントとして設定されていますが、まだ11時過ぎでお腹がすかないので歩き続けることにしました。急な階段を登り、再び見晴らしの良い平場に到着。ここでお弁当を食べました。

 昼食後はどうしても足が重くなってしまいます。けれど、このコースは午後の方がきついのです。さらに登って、12時、山頂へ。ちっちゃな三等三角点が。

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 標高466m。ここからの眺めは最高です。あいにくの天気ですが。

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 このあと、緩やかに下るのかといえば、とんでもない。登ったり下ったりの繰り返しで、しかも登り・下りともに傾斜がきつかったり歩きづらかったりするのです。距離から言っても、登りより下りの方が長いように思います。降った雨が少なかったので道があまり濡れていなかったのは助かりました。ずっと雨具を着ていましたが、風が強くて気温が上がらず、暑いとは感じませんでした。

 倒木が目立ち始めました。

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 前回、道を塞いでいて、またいで通った木は切ってありました。

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 でも、まだまだおびただしい倒木が見られる部分が残っていて、

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 その辺りでは「山が荒れている」という印象は変わりませんでした。

 下りの最大の難所を過ぎて、しばらく歩くと、石段の下が開け、清澄な空気が立ちこめています。南禅寺の塔頭、駒ヶ滝最勝院の一部です。ここまで来ると、やっと山を下りたと感じられます。1時ごろでした。

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 滝は、涸れているのか、水が見られません。もう少し下ったところに塔頭の入り口があり、のぞいてみると立派な建物が見えました。

 南禅寺の水路閣。

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 観光客が少ないわけではないけれど、敷地が広大なので気になりません。

 

 三条通りを西へ歩き、三条東公園という住宅地の公園でゴールです。1時45分でした。参加者はなんと1682人もいたそうです。

 足の痛みは山道に入ってからいつの間にか薄らぎ、問題なく歩き通すことができました。塩+ミネラルのタブレットをなめたり、アミノ酸が補給できるゼリーを食べたり、酸っぱいドライフルーツをかじったり、チョコレートを食べたり、もちろんこまめに水分をとったり、いろいろやってみたうちの、どれが効果があったのかはわからずじまいです。

 前回より楽に歩けたかというと、思いがけず足に故障が起きたので、それどころじゃなかった! だけど、一度歩いたことのある道は、細かいところまでは覚えていないものの、おおよその見当がつくので、初めてのときより歩きやすいと感じられました。

 

 

 

2019年5月13日 (月)

地元の山の会の体験ハイキングで六甲へ 10km

 私の山歩きの師匠、そらまめさんが「こんな団体がありますよ」と、地元の山の会を教えてくれました。ホームページを見ると、月に何度か、会員外の人が参加できる体験ハイキングが催されています。昨日、初めて行ってきました。本当は4月末に行くはずだったのに、急な気温の低下で体調を崩してしまい、泣く泣くキャンセル。待ちに待った初参加でした。

 9時前に阪急電車神戸線の岡本駅に集合。参加者は一般の会員さんが11人。このグループにチーフリーダー1人(女性でした)とサブリーダー1人(男性でした)が付きます。体験ハイキングの参加者は8人。こちらもチーフリーダー(女性。会員歴二十数年だと、後で聞きました)とサブリーダー(男性。会員歴十数年)が付きました。

 出発前に体験ハイキングのチーフリーダーさん(以下、この方のことを「CLさん」と記します)がマダニよけのスプレーを参加者一人ひとりの登山用パンツの裾あたりに吹きかけてくれました。タイツとショートパンツというスタイルの若い男性にはタイツに念入りにスプレーしてあげていました。

 私は初参加なのでやや緊張気味でしたが、CLさん、サブリーダーさんともに暖かい人柄が伝わって来たので、安心しました。会員さんたち相互の雰囲気も和やかで好印象です。

 会員さんグループが先に出発し、私たちも9時に出発して、住宅地の舗装路を山側に登ります。朝の9時でももう暑い。CLさんの歩速はとてもゆっくりです。少し歩いて、天上川公園に着きました。ここで簡単な自己紹介の後、ストレッチをして、いよいよ山歩きを始めます。

 会員さんグループが前で、体験参加者はその後に付き、道幅によって2列になったり1列になったり。会員さんグループのチーフリーダーさんも終始ゆっくりペースを守って歩くので、普段から歩くのが遅い私は大助かり。山道は日陰なので涼しくて、心地よく歩けました。

 つづら折りの道を登ります。しばらくは登り坂が続いて、心の中で「しんどいよー」と呟きながら歩き続けました。2度、短い休憩を取りました。歩きながら、CLさんが「登りはもう少しです」「あとはほぼなだらかです」と教えてくれます。それでずいぶん励まされました。

 どれくらい時間が経ったときだか、よく覚えていないのですが、CLさんが「これから打越山です」と教えてくれ、その後40分ほどで山頂に着きました。標高481.6m。狭くて、眺望はききません。会員参加者の1人がこんにゃくゼリーを凍らせたのを配ってくれ、これがとびきり美味しかった!

 このあとはたいした登りもなく…と思っていたら、昼食場所の横の池(横池)が近づいてから急坂にぶつかりました。池が見えたときにはしんそこほっとしたくらい。そらまめさんに連れて来てもらったハイキングで一度訪れたことのある場所です。

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 相変わらずおたまじゃくしがうようよいて、気持ち悪いほどでした。

 木陰を選んでお昼ご飯です。会員さんの1人が「藪には近づかないほうがいいですよ。マダニがいるので」と教えてくれました。昨年、六甲登山をしていた女性がマダニに噛まれて亡くなったという話はそらまめさんから聞いていました。その女性は、この会の会員だったらしいのです。マダニ対策はそれまでも会として取り組まれていたのでしょうが、その事故以来、いっそうシビアになったんでしょうね。会のホームページにも、マダニに噛まれないようにするにはどうすればいいか、資料が掲載されていました。

 40分ほど昼休憩をしてから、登ったり下ったりして、風吹き岩へ。周囲が狭い上に人が多いので、こんな写真しか撮れていません。

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 何人かの会員さんに続いて、私も登ってみました。てっぺんからの眺望が素晴らしい。写真はクリックすると拡大します。

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 足元が滑りやすい道を用心しながら下り、蛙岩へ。

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 80代の男性会員さんのほか、女性の会員さんが2人、登りましたが、私は遠慮しておきました。降りるのが怖そうでびびってしまったー。

 魚屋道(ととやみち)を下りて、会下山(えげのやま)遺跡へ。

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 弥生時代の生活跡が何カ所も残っているらしい。建造物はないのだけれど、「弥生時代」と聞いただけで「なんだかすごいものが身近にあるんだなあ」と感動しました。

 ここから芦屋の住宅地まではすぐです。舗装路はやっぱり暑い! 山芦屋公園に立ち寄り、ストレッチをしたり、体験参加者は簡単な感想を言ったり。この会についての説明もしてもらいました。

 会員さんは皆さんフレンドリーで、私のようなヘタレハイカーも優しくフォローしてもらえます。元気で山が好きで集団行動ができる人なら誰でも、その人のレベルに合った山歩きが楽しめるようにしようという合意がどの会員さんにも行き渡っているようです。来る前の不安感は吹っ飛び、私はこの山の会がすっかり気に入ってしまいました。

 芦屋川駅近くのお店での「反省会」という名前のビールを飲む会(飲めない人はコーヒーなど)にもきちんと(?)参加。よく冷えたビールの美味しかったこと! 体験ハイキングに2度参加すれば入会ができるそうです。今のところ、月末の日曜日には参加できそう。楽しみ!

 この前登った標高273.6mの明神山(奈良)と、今回の標高481.6mの打越山とで、登りのしんどさがたいして変わらなかったのは不思議です。気温も同じくらいだったのですが、暑くてたまらなかった前回より快適に歩けたのは、体が暑さに慣れてきたからかもしれません。この調子でだんだん慣らして、夏も山歩きを続けられたらいいな。

 

 

 

 

 

2019年5月 6日 (月)

奈良・へんろ道から明神山、高井田駅へ15km

   昨日、JRふれあいハイキングに参加してきました。標高273.6mの明神山に登る15kmのコースです。主催者は大和ウォーキング協会でした。

 JR大和路線の王子駅を10時前に出発。しばらく舗装道路が続いて、達磨寺に着きました。聖徳太子の愛犬だったという雪丸の像が祠の下に鎮座していて、ドッグフードがお供えしてありました。

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 雪丸は人の言葉が話せ、お経が読め、本堂の下にある達磨大師のお墓の北東に葬ってほしいと遺言を残したんですって。 町のマスコットキャラクターとしても活躍しているようです。 

 1km半ほどで尼寺(にんじ)廃寺跡史跡公園に到着。7世紀後半に造営されたお寺の跡です。左が塔の跡で、右は金堂の跡。この伽藍配置は法隆寺と同じなのだそうです。

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 この時代、朝廷が各地に国分寺、国分尼寺を建てましたが、こちらは地元の豪族が作った珍しい例です。そばに学習館というこぢんまりした資料館があり、日本最大級の礎石跡をガラス越しに床下に見ることができました。

 しばし休憩です。疲れた人にはここから帰るコースも案内されました。お天気が良くて気温が上がり、暑くてたまりません。つばの広い帽子をかぶって行ってよかった。

 1km半ほど歩いて、「へんろ道」という山道に入ります。

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 木陰なのでいっぺんに涼しくなり、快適です。瀧不動院というお寺の脇を通って、

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 狭い道を一列で登って行きます。はじめは石段、途中から木の階段になり、普通の山道のところもあります。歩きやすい道だけれど、勾配はそこそこあって、息が弾みます。参加者の中には「しんどい!」と愚痴る人もいます。

 距離にして450m。ようやく広い参道に出て、ゆるやかに200mほど登ると、前方に鳥居が見えてきました。

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 明神山の山頂です。12時半になっていました。日陰を選んでお弁当を広げます。

 この山頂、それほど標高が高いわけでもないのに、360度のパノラマが楽しめます。展望デッキに上がると、

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 二上山、葛城山、金剛山。近畿地方で最高峰の八経ヶ岳。方角を変えると信貴山、生駒山、遠くに大峰山まで望むことができました。素晴らしい眺めです。お天気が最高に良い日は明石海峡大橋まで見えるのだそう。

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 午後は10kmのコースも設定されていて、グループが2つに分けられました。ほとんどの人が15kmコースを選びました。もちろん私もです。狭い道をしばらく歩いてから、

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 尾根道に出て、下ったり、また登ったり。ご飯を食べた後は疲れが出るので、登りはきつく感じられます。ときどきリーダーから「止まって、水分補給をしてください」というお知らせが来ました。熱中症で倒れる人が出ては大変ですから、山道の途中で立ったままでも水分補給の時間を取ったのでしょう。

 結局、午後も1時間ほど山道を歩きました。300m足らずの標高なのに、意外と歩きがいのあるコースでした。 3時15分、高井田駅(柏原市)に到着。ハイキングで15kmも歩いたのは初めてかも!? 問題なく歩ききることができたので、自信がつきました。

 

2019年5月 2日 (木)

初めての一人ハイキングは城山へ

 今日はようやくすっきりと晴れてくれたので、初めて一人でハイキングに出かけました。行き先は先日そらまめさんに連れて行ってもらった芦屋市の城山です。

 阪急電車神戸線芦屋川駅から川沿いに北へ。ずっと登り坂です。お天気が良いので、少し歩くとすぐ暑くなります。

 やがて川にかかった橋のところに標識が見えました。

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 ここを右折して(橋を渡って)、さらに登って行きます。道の両側に豪邸が並んでいます。しばらく行くと、城山への標識が。

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 右へ曲がり、少し歩くと前方に木の階段が見え、いきなり山道に入ります。あっという間に山の中。日差しが程よく遮られて涼しい。爽やかな風も吹き渡ります。

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 住宅地のすぐそばにこんな場所があるなんて、奇跡のようです。はじめは自動車が走る音が遠くに聞こえたりもしますが、それもだんだん遠ざかります。3種類くらいの野鳥がしきりにさえずっていました。ちょうどお昼頃だったので、休日なのに歩いている人が少なかったからかもしれません。

 雨の後なので道がぬかるんでいるんじゃないかと想像していましたが、降り積もった落ち葉がわずかに湿っている程度で、とても歩きやすい。

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 一本道なので迷うことなく安心して歩けます。いつものゆっくりペースより少し早めに、元気よく登りました。アスファルトの坂道を歩いていた時はすぐに疲れを感じたのに、山道を歩くと心身がよみがえるようです。深呼吸して、肺の隅々にまできれいな空気を行き渡らせました。

 見晴らしスポットを経て、

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 頂上に着きました。高齢のご夫婦がお孫さんたちを連れて来ています。ゴールデンウィークなので、遠方から遊びに来たのかもしれません。

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 前回はそらまめさんの案内で高座の滝へ下りましたが、今日ははじめての一人ハイキングなので、同じ道を引き返すことにしました。途中、枯れ枝を拾い集めてのこぎりで切ってまとめているおじさんがいました。歩くのに邪魔になるのを片付けてくださっているよう。「ありがとうございます」と声をかけて通りました。

 快調に芦屋川駅まで戻りました。スマホの歩数計では自宅と芦屋川駅の往復を含めて13,000歩、9kmほど歩いたらしい。この歩数計は実際より多めの数字が出るようなので、本当はそんなに多くなかったかもしれません。ともあれ、短時間の気軽な山歩きでリフレッシュができました。

2019年4月30日 (火)

「古演出による 葵上」さらにつづき

 休憩の後、公演が始まりました。

 後見が正先に病床に臥す葵上を表す小袖を置きます。ここは通常のバージョンと同じです。次に照日の巫女、続いて朝臣が現れるのが通常ですが、今回はまず朝臣が登場しました。そして名ノリで自分は朱雀院に仕える臣下であること、葵上に物の怪が取り憑いて容態が悪く、貴僧高僧の祈りも一向に効き目がないと語り、照日の巫女を呼び出して葵上に取り憑いている物の怪の正体を明かさせようと思うと告げます。照日の巫女は弓のつるを鳴らして霊を呼び出すことのできる超能力者です。

 朝臣に呼び出された照日の巫女は

「天清浄(しょうじょう)地清浄。内外清浄六根清浄。寄り人は。今ぞ寄り来る長濱の。葦毛の駒に。手綱ゆり懸け」と謡います。

 この間に、後見が破(や)れ車を表す作り物を持ち出し、橋掛かりの一の松あたりに置きます。…だったと思うのですが、どのタイミングだったか、実は記憶があいまいです。もっと前だったかもしれません。大きな作り物なので、シテとツレが舞台へ出てくるのに邪魔にならないだろうかと思ったことを覚えています。

 照日の巫女のことばに応えるように、シテと3人の青女房が登場します。シテは黒地の腰巻、白地縫箔の壺折姿。青女房の装束は唐織です。「青」とは、若いという意味のようです。シテはそのまま作り物の中に入り、青女房は橋掛かりに並びます。一番前にいる人物はリーダー格のようで、装束の色がほかの二人とは違って、白×銀色っぽい色調です。ほかの二人(青女房2と3と呼ぶことにします)の装束は紅が入った色合いです。

 御息所「三つの車に法(のり)の道。火宅の門をや。出でぬらん。」

 青女房「夕顔の。宿の破れ車。遣る方なきこそ。悲しけれ」

 青女房「浮世は牛の小車の。浮世は牛の小車の廻るや報いなるらん」

 御息所「およそ輪廻は車の輪の如く。六趣四生を出でやらず。人間(じんかん)の不定(ふじょう)芭蕉泡沫の世の習ひ。昨日の花は今日の夢と。驚かぬこそ愚かなれ。身の憂きに人の恨みのなほ添ひて。忘れもやらぬ我が思ひ。せめてや暫し慰むと。梓の弓に怨霊の。これまで現れ出でたるなり」

 六条御息所の生霊に取り殺されたもう一人の女性、夕顔の名前や、仏教的な言葉が散りばめられた美しい詞章です。

 このあと橋掛かりから舞台へ進んできたように思うのですが、はっきり覚えていません。

 巫女に何者かと問われて、シテは「これは六条の御息所の怨霊なり」と名乗ります。皇太子妃だった頃の華やかな日々を回顧し、今は衰えて朝顔の日影待つ間の有様だと嘆きます。

 詞章の美しい独白ののち、恨みの心が高まって「今は打たでは叶ひ候まじ」と言う御息所に、リーダー格の青女房は「あら浅ましや。六条の。御息所ほどの御身にて。後妻打(うわなりうち)の御ふるまひ。いかでさる事の候べき。ただ思し召し止り給へ」と押しとどめようとしますが、御息所は聞かず、扇で葵上を打ちます。

 すると、青女房の2と3が「この上はとて立ち寄りて。われらも後にて苦を見する」と、それぞれに葵上を打ちます。さっきは制止していたリーダー格の青女房までが加わり、御息所もまた打ちます。御息所「今の恨みはありし報い」青女房「瞋恚(しんい)の炎は」御息所「身を焦がす」青女房「思ひ知らずや」御息所「思ひ知れ」と、壮絶です。まさに集団暴行です。

 この後、御息所は破れ車に葵上を乗せて連れ去ろうとするのですができず、唐織をさっと頭からかづいて足早に退場します。3人のツレも退場します。ここは、通常はシテは舞台奥、後見のそばに下がり、物着(舞台上での着替え)をするらしいです。

 朝臣が下人を呼び、横川の小聖を招かせます。この人物は山伏の姿をしており、数珠を揉みながら真言を唱えると、般若の面をつけ、白地に鱗文様の摺箔(小袖)、緋色の長袴姿で打ち杖を手にした後シテ(御息所の怨霊)が登場します。小聖と怨霊の対決場面は高速のお囃子と激しい所作で盛り上がる見どころです。

 怨霊はついに調伏され、成仏して去って行きます。

 私としては小聖に怨霊への憐れみがかいま見えるといいなと思ったのですが、そのような気配は全く感じられませんでした。恋にとらわれて怨霊と化すような愚かな女に憐れみなど必要ないと考えているように見えました。

 不思議なのは、成仏した怨霊はどこへ去ったのか? という点です。御息所本人は生きていて、魂が抜け出して来ているのに、その魂が成仏してしまったら御息所はもぬけの殻にならないのでしょうか。

 それはさておき。

 普通に上演されている「葵上」は二度、見たことがあります。今回は「古演出」というところに興味を抱いて見ました。登場人物が多く、破れ車の作り物まで出るので、わかりやすいというのが感想です。世阿弥バージョンは削れるところは全て削って、より詩的な表現に仕上げたのだということもわかりました。

 「葵上」の六条御息所について、「嫉妬に狂って生霊になり、葵上を殺そうとするとは恐ろしい」「業の深い女だ」といった評価がされるようですが、私はそうは思いません。その行動の底に沈んだ深い哀しみに心を揺さぶられてしまうのです。「業が深い」というなら、(「業」という仏教的なことばの深い意味はわからないのですが)光源氏ほど業の深い人物はいないわけで、六条御息所はそんな光源氏の常に自分本位な思考と行動に人生を踏みにじられたのだとしか思えないのです。

 後シテの般若の面にも、恐ろしさより悲哀が感じられます。女に、というより男女を問わず人間に、こんな形相になってしまうほどの悲惨な苦しみや哀しみを味わわせてはいけないのだと思います。

 2年前の秋、大槻裕一さんのシテで「葵上」を見たところ、六条御息所の哀しみがよく表現されていて、この若い能楽師さんに好感を持ちました。今回の舞台ではなぜかそれが感じられませんでした。これも世阿弥改作版と古演出版の違いなのかもしれません。 

 私は六条御息所が好きで、光源氏という人物のことはちっとも好きになれません。「源氏物語」に出てくる女性たちは藤壺も葵上も六条御息所も紫の上も、みんな光源氏の犠牲者だと考えています。

 もっとも、「源氏物語」を原作どころか現代語訳でさえ初めのほうしか読んだことがないので、単純な思い込みにすぎないのかもしれません。

 

 

 

2019年4月29日 (月)

「古演出による 葵上」つづき

 上演に先立って、梅内美華子さんの解説がありました。詳しくて行き届いた解説でした。

 印象に残った部分を記しておきます。

 ・六条御息所はなぜ生霊となったか。光源氏への恋慕、光源氏が自分から離れて行く悲しみ、それゆえの(「車争い」をきっかけにして激しくなった)葵上への恨みや嫉妬の感情。前皇太子妃という格式の高い立場にあることから、そのような感情をあらわにすることははしたないという自制心が働き、感情は出口を塞がれて心の中に積もっていった。それがついには本人の意識を離れ、生霊と化して葵上を襲うに至った。

 ・「源氏物語」の「葵」を典拠としている。古典文学に生霊が登場する作品は少なくないが、生霊の側からの描写が見られる作品は珍しい。

 ・「源氏物語」の葵上は左大臣の娘。左大臣家は藤原家をモデルにしている。六条御息所は天皇家とのつながりが深い人物。葵上と六条御息所の対立、六条御息所の敗退は藤原家と天皇家の政治的葛藤を下地にしている。

 ・世阿弥が属していた大和申楽(さるがく)にはもともと「葵上」という作品はなかった。世阿弥が尊敬していた近江申楽の犬王道阿弥が「葵上」を演じるのを見て、世阿弥は感銘を受け、手直しをして大和申楽に取り入れた。現在、一般に上演されている「葵上」は世阿弥の改作したもの。

 ・元の作品では六条御息所の侍女がツレとして登場していたし、六条御息所が賀茂祭の折の「車争い」で味わった屈辱の象徴である牛車の作り物が出ていた。世阿弥が記した「申楽談義」にそのことが書かれている。

・昭和57年(1982年)、「橋の会」の実験能「葵上」で浅見真州さんがシテを演じた。昭和59年(1984年)、法政大学能楽研究所による試演会で原型が復元された。浅見真州さんはこの時も復元に携わった。いわばパイオニアである。当時から浅見さんは「侍女は3人くらいいたのでは」と考えていたが、試演では能楽師が揃わず実現しなかった。今回はそれが実現した。大槻能楽堂では初演である。

 ・六条御息所(の生霊)は葵上を打ち据える(「枕の段」。前半のクライマックス)。これを「うわなり打ち」といい、中世の民間習俗だった。先妻が後妻の、あるいは正妻が愛人の家に行き、家を打ち壊すなどの危害を加えた。そのような形で感情を発散させたのだと思われる。

・六条御息所は葵上を破れ車に乗せて連れ去ろうとする。この部分は原典(「源氏物語」)にはない。六条御息所の生霊が冥界から来たような、地獄へ連れ去ろうとするようなイメージだ。

 ・地謡が六条御息所の気持ちを語る部分、「人の恨みの深くして。憂き音に泣かせ給ふとも。生きてこの世にましまさば。水暗き澤邊(さわべ)の蛍の影よりも光君とぞ契らん。」は特に有名。和泉式部が夫から疎んじられるようになった時に詠んだ歌「もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる」を踏まえている。

 次の記事へ続きます。

2019年4月28日 (日)

能「古演出による 葵上」

 昨日、大槻能楽堂で能「葵上」を見ました。「古演出による」という小書が付いています。出演者は次のとおりです。

   前シテ 六条御息所の生霊、後シテ 六条御息所の怨霊  浅見真州(まさくに)

   ツレ  青女房   浅見慈一、竹富康之、大槻裕一

   ワキ  横川小聖  福王茂十郎

   ワキツレ 朝臣   喜多 雅人

   アイ  善竹隆司

   大鼓  辻 芳昭

   小鼓  林吉兵衛

   太鼓  中田弘美

   笛   貞光義明

   後見  齊藤信隆、大槻文藏

   地謡  寺澤拓海、水田雄唔、齊藤信輔、寺澤幸祐

       山本正人、上野雄三、赤松禎友、山本博通

 

 会場で配られた資料から、あらすじを転載します。

 左大臣の娘、光源氏の北の方(正妻)である葵上が物の怪に取り付かれ病に臥せっている。医者にかかっても、加持祈祷をしても一向によくならず、朱雀院(光源氏の異母兄)に仕える朝臣が、梓弓の音で死霊や生霊を呼び寄せる呪能者の照日巫女に命じ、物の怪の正体を占わせた。

 すると六条御息所の生霊が破れ車に乗って現れ、光源氏の愛を失った悲しみと恨みを晴らすようにして葵上を枕元で責めさいなみ、幽界へ連れ去ろうとする。(中入)

 左大臣家は急ぎ下人を使い横川小聖という行者を呼び寄せる。横川小聖が怨霊を追い払おうと祈祷を始めると、鬼の姿になった六条御息所が現れ激しく争う。

 六条御息所はついに法力に祈り伏せられ、ふと我に返って気づいた浅ましい我が姿を恥じ、最後は心を和らげ成仏するのだった。

 上演に先立って、梅内美華子さんの解説がありました。長くなりましたので、次の記事に書くことにします。

    

      

2019年4月26日 (金)

絶品でした! 呂太夫師匠の「堀川猿廻しの段」

 昨日、文楽4月公演の第2部を見てきました。演目は「祇園祭礼信仰記」の金閣寺の段と爪先鼠の段、そして「近頃河原の達引(たてひき)」の四条河原の段と堀川猿廻しの段でした。堀川猿廻しの段の「後」を、私が素人弟子として師事している豊竹呂太夫師匠が語られました。

 何年前だったか、師匠が同じ場面を語られるのを聴いたとき、涙ぐんでしまうくらい感動したのを覚えています。それまでにも何度もこの演目を見たことがあり、つまらない、退屈だと思っていたのに、そのとき初めて真価がわかりました。

 またあの語りが聞ける! と期待して足を運んだ甲斐がありました。師匠の「堀川猿廻し」は前回以上に素晴らしく、絶品でした。

 猿廻しをなりわいとする貧しく純朴で文盲の与次郎という人物が主人公です。その喜怒哀楽の表現がいきいきしていて見事です。高齢で盲目の母親や、心ならずも殺人を犯してしまった恋人と心中の決意をする妹、おしゅん。与次郎の二人への切ないまでの愛情がぐいぐいと心に伝わってきます。

 終盤、おしゅんとその恋人を送り出す場面で与次郎が2匹の猿にお祝いの芸をさせます。悲しい場面なのに、与次郎の様子やユーモラスな猿たちの芸を見ていると思わず笑ってしまいます。「祝う」という行為をほがらかにやって見せる与次郎という三枚目の人物がまるで神様のように感じられました。

 三味線はベテランの鶴澤清介さん。猿廻しの場面では若手の鶴澤友之助さんも加わります。ここの三味線の演奏はとりわけ素晴らしい。高度な技巧を駆使した、変化に富んだ面白い曲節には華やかさが感じられて、心が浮き立ちました。

 重い内容なのにほっこりとした笑いが散りばめられた作品です。師匠は「俊寛」のようなシビアな演目も巧みだけれど、こういう喜劇の要素のある作品もお得意なのです。

 暖かくてまっすぐな人間の真情に心が洗われるような気がしました。

 

2019年4月21日 (日)

春爛漫の山下城址、しらかば公園、旧山下道 10km

 昨日、能勢電のハイキングに行きました。お天気は快晴です。

 9時45分、日生中央駅前を出発。道路沿いの道や里山の道を歩き、井補野トンネルをくぐって、一庫ダムに着きました。ダムは放水中です。

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 出発から1時間ほど経った頃、突然、急な上り坂の地道に入ります。どうやら登山道のようです。急坂を登り続けて、四等三角点大昌寺に着きました。標高242.19mです。

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 勾配が緩やかになりました。若葉が茂る木漏れ日の道、とてもきれいです。

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 コバノミツバツツジが愛らしい花を咲かせていたり、ウグイスのさえずりがしきりに聞こえたりしました。

 こんな花も咲いていました。名前はしりません。

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 30分足らずでしらかば公園に着きました。広々として緑の豊かな公園です。ここで昼ごはんです。

 到着した人から順番にマイペースで休憩を取り、三々五々に出発。私は12時過ぎに出発しました。住宅地の遊歩道をしばらく歩いてから、また急な山道に入ります。一番標高の高い地点はこの後にあったらしい。たぶん280mくらいです。

 緩やかなアップダウンが続く旧山下道。

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 この道も歩いていて心地よく、疲れを感じませんでした。

 のどかな里山を歩いて、

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 12時40分ごろ、妙見口駅にゴールしました。

 前日に高低差を調べ、「これくらいなら平気」と判断して、ストックを用意しませんでした。実際はかなり急な登りが続き、ストックがあればもっと楽だったのに! と悔やみました。甘く考えずに、基本はストックを持っていくことにした方が良さそうです。

 

「空港ピアノ」の放送予定、書きまちがいました

 ロンドン駅の「駅ピアノ」は今日の深夜ではなくて、昨日の深夜、今日の早朝でした! 書き間違ってごめんなさい。

 こちらhttps://www4.nhk.or.jp/P5389/ から、これからの放送予定がわかります。ぜひご覧くださいね。

2019年4月19日 (金)

BS1の「空港ピアノ」「駅ピアノ」をぜひどうぞ

 BS1で不定期に放送されている「空港ピアノ」という番組があります。「駅ピアノ」というタイトルに変わることもあるようです。

 海外の空港や駅に置かれた1台のピアノ。通りがかりの旅行客や地元の人が自由に弾くことができます。この番組はその演奏ぶりを定点カメラで捉えたもの。演奏中に字幕で年齢、出身地、職業などの簡単なプロフィールが表示されます。演奏後に短いインタビューをしているので、その人がどんな思いでピアノを弾いたのかがわかります。

 この番組がすごくいいのです。演奏するのは子どもから高齢者までさまざま。人種や肌の色も多彩です。 大学教授やプロのミュージシャンがいるかと思うと、たまに入る仕事でかつかつ生活している人やホームレスの人も。8歳の男の子が即興で弾く音楽が素晴らしかったり、昔懐かしいメロディに胸がキュンとなったりします。

 どんな人生を生きているかは千差万別だけれど、音楽はどの演奏者にとっても大切で、通行中の人たちの心をも動かしています。

 次の放送は明日の土曜日、午後8時から8時半まで。前半はマルタ島で、後半はシチリア島です。また、21日(日)の深夜0時50分から1時20分まで、ロンドン編が再放送されます。このロンドン編、とりわけ素晴らしかったです。ぜひ録画してご覧になってください。

2019年4月15日 (月)

城山から高座の滝へ 2時間ハイキング

 先週、そらまめさんに芦屋市の城山へ連れて行ってもらいました。阪急電車神戸線の芦屋川駅から北へしばらく歩くと登山口の標識に出会います。駅から近いので、とても便利!

 ちょうどコバノミツバツツジが咲き始めています。優美な色、可愛らしい形。

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 道の両側に咲いていると、まるでアーチのようです。

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 見晴らしの良い場所に着きました。

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 この辺りに住み着いている猫さんがいるようで、餌と水を入れる容器が置いてあります。そらまめさんは用意してきた水を容器に入れてやっていました。

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 猫さんは餌を持ってこないと姿を見せないのだそうです。餌をあげる人は避妊手術をしてあげることも考えてほしいです。

 

 こちらが頂上の標識。272m。 

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 えっ、城山って本当は鷹尾山っていう名前なの? あとで調べてみたら、ヤマレコのサイトにこんな説明がありました。

 かつて鷹尾城があったので「城山」と呼ばれ、その城跡があるので「ここが鷹尾山の山頂」で「鷹尾山=城山」と思われている向きが多いのですが、実は地元では呼び分けています。鷹尾山の山頂はまた別にあって、ここから80mほど北に行ったもう少し高い所になります。ただ、展望はこちらの方が良くて、ベンチも2つあります。

 とのこと。そらまめさんはわかっているのに私は理解していなかったようです。

 歩いているとポカポカしますが、じっとしていると風が冷たくて肌寒い。高座の滝の方へ降りることにしました。下り道はわりと急坂でした。私は登りよりも下りのときの方が気をつかいます。

 水音が近づいてきたと思ったら、高座の滝に着きました。水量は少なめ。清流や滝を眺めたり、水音を聞いたりするのが大好きです。

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 お昼前に芦屋川の駅に着きました。2時間もかからない、気軽なハイキングコースでした。そらまめさんはトレーニングのために早足で歩いたりするのだとか。このコースなら一人で歩けそうなので、私もちょこちょこ来ることにしよう。

 

 

2019年4月12日 (金)

桜、桜の篠山市散策

 火曜日、夫の運転で娘と3人、篠山市に行きました。気温は低めでしたが寒いほどではなく、快晴です。

 町が近づいてきた頃、遠くに篠山川沿いの見事な桜並木が見えてきました。

 11時半頃、車を置いてから、娘が持ってきたガイドブックを見ながら歩き始めます。まずは昼ごはんです。お蕎麦が美味しいという「花格子」さんを探して、城跡の東側にある河原町妻入商家群へ。 

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 古い商家の街並みが保存されている地区です。「妻入」というのは家の造りらしい。道路工事をしていました。電柱を地下に埋設するための工事だそうです。

 「花格子」さんを見つけたものの、満席でした。「20分ほどお待ちください」と言われたので、その間、すぐ近くにある能楽資料館に行きました。

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 事前の下調べで私が一番行きたいと思っていた施設です。薄暗い館内にはおびただしい数の能面が展示されていました。「赤鶴」「出目」など、私でも知っている面打ちの有名な家柄の名前が付されているものがいくつも見られます。古いものは室町時代。桃山時代や江戸時代の面もたくさんあって、見応え十分でした。豪華な唐織の装束や蒔絵の美しい小鼓の胴など、一通り見るだけでも20分はあっという間に過ぎてしまいました。自分ではとても買えないような高価な能面の写真集が何冊か置いてあり、自由に見ることができるのも魅力です。

 お店に戻ってからしばらく待ち、やっと席があいて注文してからまたずいぶん待たされて…やっと出てきた料理はこちら。

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 細めで上品な味わいのお蕎麦、山芋を使った、しっかり腰のあるとろろ。鯖寿司は3人で分けました。美味しくて、長い時間待っただけの甲斐がありました。

 食後は娘が行きたいという近くの小物屋さんと陶器屋さんを訪ねてから、同じ通りにある丹波古陶館へ。

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 三つの建物で構成されていて、古い時代の丹波焼をじっくり鑑賞することができます。茶道の世界では「古丹波」と呼ぶんだったなあ…と思い出しつつ見ていくと、お茶道具の茶入もいくつか展示されていました。

 町並みの風情を楽しみながら歩いてから、篠山城跡の西側にある武家屋敷史料館を目指します。途中、城址の外を縁取るお堀沿いは桜並木。写真はクリックすると拡大します。

 

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 満開に見えますがまだ少し蕾が残っていて、その分、花がしっかり付いているのでしょう、散り始めてはいません。

 濃いピンクの蕾の可愛らしさと開いた花のあでやかさと、両方が楽しめます。満開よりもきっと、今が一番美しい。

 武家屋敷史料館は、正確には武家屋敷安間家史料館。茅葺き屋根の家でした。

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 中に入り、靴を脱いで上がります。娘は昔の家の間取りに興味が尽きない様子でした。この建物のある通りにはほかにも元武家屋敷だった家が何軒も見られ、御徒町武家屋敷群と呼ぶそうです。

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 道幅は意外なほど広いです。馬に乗った武士が行き交うからでしょうか。

 城跡の北側に回り、城跡に入りました。めぼしい建物は何も残っておらず、広々とした敷地と石垣だけが往時を忍ばせます。ここも桜がきれいです。青空のもと、おなかいっぱいになるくらい、見頃の桜を楽しむことができました。

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 城址から見る遠景も桜がきれいです。

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 このあと、観光案内所で教えてもらったお店でフレッシュな地酒、ルビー色の丹波ワイン、黒豆パン(黒豆がどっさり入っていて美味しかった)、黒豆の煮たのを買って、帰途につきました。

  

 

2019年4月 9日 (火)

北雲雀きずきの森から石切山・満願寺へ11km

 先週末、阪急ハイキングに参加してきました。スマホで撮った写真をうっかり削除してしまったので、ざっくりと行程だけ記しておきます。

 阪急電車宝塚線池田駅前の公園を10時にスタート。家族連れでにぎわう五月山動物園の中を抜けて、猪名川を渡り、川西市に入ります。八皇子神社を経て、住宅地の坂道を登ります。前回もこんなコースで、ちっとも歩いた気がしなかったので、「またあ?」などと思っていたら、これが甘かった。勾配の急な坂道がずっとずっと続くのです。舗装路って、土の道より足が疲れる!

 ようやく「北雲雀きずきの森」へ。土の道に入ります。少し登って見晴台に着きました。昼食ポイントとして設定されていましたが、まだ11時過ぎだったので、休憩しただけで歩き続けることに。
 ここから石切山登山です。かなり急な登り坂が続き、ふうふう。でも、30分もかからないで山頂に着きました。途中、桜と咲き始めたばかりのコバノミツバツツジ、ウグイスの声に癒されました。

 アップダウンののち、ゴルフ場と墓地に挟まれた舗装路に出ます。先へ進むと満願寺でした。桜がとてもきれい。花を楽しみながらお昼ご飯休憩にしました。

 あとはずっと下って、40分ほどで同じ宝塚線の山本駅に到着です。午後1時過ぎでした。
 石切山の標高は284m。摩耶山に比べればどうということのない高さなのに、妙に疲れたのは、その前にアスファルトの坂道を歩き続けたからかも。市街地の坂道を侮ってはいけません。

2019年4月 6日 (土)

小雨の「さくら回廊」ハイキング10km

 先月の末、神戸ウオーキング協会主催のハイキングに行きました。「山歩き」と表示されていましたが、コースを見るとどう考えても街歩きです。念のためストックを用意して行きましたが、結局使わずじまいでした。

 阪急電車神戸線の芦屋川駅北側を10時に出発。おおむね北の方角に向かって歩きます。歩き始めて間もなく雨がぱらついてきました。雨具を着て、ザックに雨カバーを付けました。さいわい、小降りです。

 阪神間と神戸市は北に向かって進むとどうしても上り坂になります。とはいえ舗装道ですから、足元を気にする必要はなくてしごく歩きやすい。あちこちで桜が見られます。三分咲きから五分咲きと言ったところです。

 高級住宅地の代名詞、六麓荘の近くではしだれ桜が見られました。

 

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 電柱がなんとも無粋です。この辺りのお金持ちなら私費でも電柱を地下に埋設することくらいできそうに思えますが。

 岩園トンネル。潜るのではなく、トンネルの上に立ちます。眺望が素晴らしい。

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 急な階段を降りると、西宮市に入っていました。11時40分ごろ、樋之池公園に到着。住宅地の中にある、ありふれた(失礼?)公園です。ここで昼ごはん休憩を取ります。こちらはまだ雨が降っていないのか、地面は濡れていません。昼休憩の間も雨は降らなかったので助かりました。桜が何本か咲いていてきれいでした。

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 さらに北へと進み、桜並木の道を歩いて、越木岩神社へ。

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 名前は以前から知っていましたが来るのは初めて。雰囲気の良い神社です。ご神体はこの巨岩。

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 周囲を歩くとご利益があると聞いたので、歩いてみました。

 

 道路沿いの道を少し歩いてから階段を降りると、夙川べりでした。

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 橋を渡って、東側の遊歩道に出ました。「ここからは花見客が多いのでフリーウォークです」とのアナウンス。せいぜい五分咲きだしおまけに雨模様なのにお花見客なんているのかな? ところが、ちゃんといました! グループ連れも家族連れもです。みんな桜が好きなんですねえ。

 桜の名所だけあって、とてもきれいです。今までは散りそめの桜が一番好きでしたが、咲き始めの桜も可憐で風情があることに初めて気づきました。

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 ぶらぶら歩いて阪急の夙川駅に着いたのは1時20分ごろ。合計2時間半くらいの行程で、大した高低差もなく物足りなかったけれど、早めの花見ができました。

 

 

 

2019年4月 3日 (水)

有斐斎弘道館で謡のお稽古

 去年に引き続き、今年も京都の有斐斎弘道館で謡を習い始めました。月1回、日曜日の夜7時から1時間のクラスです。

 講師は林宗一郎さん。観世流シテ方能楽師の家柄、林家の若きご当主です。舞台で拝見するとほっそりして見えるのですが、間近で接すると引き締まった筋肉がしっかりついていることがわかります。そうでなければ能楽師の仕事は務まらないのでしょう。昨年は「国栖(くず)」の一部を習いました。今年は「三井寺(みいでら)」。世阿弥作の狂女物です。

 なぜわざわざ京都まで習いに行くかというと、私のニーズにぴったりの内容だからです。まず、気楽に学べること。20人ほどの生徒がいっときに教えてもらう形式です。申し込みは1回ごとにすればよく、出欠をとるというようなこともしません。林先生自身が「覚えるに越したことはありませんが、それよりも謡の美しさを味わっていただくことを目的にしています」とおっしゃっていて、「覚えなければ」という切羽詰まった気持ちにならないですむのもありがたい。義太夫を習っていて、毎年、ほんの6〜7分の語りを覚えるのに四苦八苦しているのに、そのうえ謡まで覚えるなんてとてもできそうにないからです。

 謡のさまざまな約束事について知りたい。声を出してうたってみたい。その気持ちは強いものの、「覚えたい」とまでは思っていない私。どこの能楽堂でも、またたいていのカルチャーセンターでも、謡の教室は開かれていますが、どれも覚えることを目標にしていて、私の希望には合わないのです。

 3月のお稽古では、先生がこんな話をされました。

 ・英語などの多くの言語が子音中心にできているのに対して、日本語は母音が中心の言葉です。謡は母音でうたいます。母音を大切にすることを心がけてください。

 ・日頃から、ゆっくり話すようにしましょう。ゆっくり話すようになれば、ものごとをじっくり考えるようになるはずです。今はそのことがひどく軽んじられている気がします。

 ・西洋の音楽ではのどで作った声を上へ上げて頭に響かせます。謡では声をおなかのほうへ下ろします。天に響かせる声と地に響かせる声の違いです。日本人は農耕民族なので、声を地に響かせるようになったのだろうと思います。映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見た後、テレビでクイーンのコンサートの録画を放送していたので見ましたら、フレディ・マーキュリーは声をおなかに落としていました。あちらのボーカリストには珍しい例です。

 奥深いお話が次々と飛び出すので、興味しんしんで聞き入りました。

 

 

 

2019年3月30日 (土)

「スローな武士にしてくれ」、再放送は

 ドラマ「スローな武士にしてくれ」、再放送の日取りが決まりました。

 5月12日(日)午後1時から、BSプレミアムです。

 見逃した方はぜひ、この機会にご覧ください。

 

2019年3月28日 (木)

とんでもなく面白かったドラマ「スローな武士にしてくれ」

 先日NHKのBSプレミアムで放送されたドラマ「スローな武士にしてくれ」がとんでもなく面白かったです。

 どんなドラマか、NHKのサイトから引用しますと、

 

  あの池田屋階段落ちのシーンが、新技術で華麗によみがえる!
  前代未聞の“ハイテク×時代劇制作の舞台裏”ドラマ

  ▼水しぶきひとつひとつを鮮明に見せる世界最新鋭ハイスピードカメラによるスーパースローモーション!
  ▼360度、全方位ぶれずに撮影できるマシンを使ったワンカット13人斬り!
  ▼ワイヤーアクションで宙を舞う池田屋の階段落ち!

  かつて人々を熱狂させた時代劇が、最新の映像技術と熱き活動屋たちの奮闘で、いまだかつてない映像として息を吹き返します。
  このドラマは、涙あり、笑いあり、映像に情熱を傾けるすべての人へのオマージュです。

 

 京都・太秦の東映ならぬ京映撮影所。長年、時代劇制作に携わってきた、ふてぶてしい面構えの熟練スタッフたちがいます。そこへNHKから新しいドラマを作って欲しいという依頼が来ます。最新の機器と技術を駆使して時代劇を、というのです。NHKからやって来た担当者は、京映側の危惧を逆に裏切って、MIT卒の帰国子女でありながらとびきりの時代劇オタクという変なヤツでした。

 経費を抑えたい所長は主人公に大部屋俳優のシゲちゃんを起用します。この男、殺陣は超一流なのですが極度に緊張しやすく、セリフを言うと声が裏返ってしまいます。今回のドラマは台詞なしで作れると踏んだのです。スタッフたちは見たこともないハイテクの機材と格闘しながらのドラマ作りを開始します。

 NHKの最新機材をちゃっかり宣伝しながら、時代劇や時代劇作りに携わって来た人々への愛と敬意が散りばめられたドラマでした。出来上がった映像を見せるのではなくて、作る過程を映していくので、その場に居合わせているような臨場感が味わえます。 

 シゲちゃん(内野聖陽)、敵役を演じる城ちゃん(中村獅童)、シゲちゃんの妻で元くノ一女優の如月小雪(水野美紀)はもちろん、監督(石橋蓮司)、撮影技師(本田博太郎)、東京から来たNHKの担当者(柄本佑)などなど、みんな好演です。殺陣のシーンは息を呑むような緊張感で見応え満点でした。

 熱いハートと遊び心の両方が満載。楽しくてスリリングで、ほろっとしたり笑ったり。こんなに出来の良いドラマは滅多にありません。興奮してしまいました。

 作・演出は源孝志という人です。調べてみたら、以前、同じBSプレミアムで放送していた「京都人の密かな愉しみ」というシリーズドラマの脚本と演出を担当していたらしいです。あのドラマはいかにも関東人から見た京都のイメージそのままだったので、つまらないなあと思いながら全部見ました。それなりに面白かったんですね。

 今回のこの作品は、超がつくほどの素晴らしい出来栄えでした。

 

 

 

 

2019年3月24日 (日)

王子公園から摩耶山掬星台、穂高湖〜六甲ケーブルへ14km

 寒さがぶり返した週末、阪急ハイキングに行きました。
 阪急電車神戸線の王子公園駅北側にある王子公園を9時半に出発。前もってスタッフさんから「今日のコースは一般向きと表示していますがかなりハードなので、疲れた方は途中の掬星(きくせい)台からロープウェーで下山してください」との説明がありました。
 道路沿いに北東方向へ歩きます。ずいぶん阪急六甲駅の近くまで戻りました。阪急六甲から出発したほうが早いやん! と思いましたが、おそらく阪急六甲駅の近くには王子公園のように多人数が集合できる場所がないのでしょう。
 30〜40分歩いた後、山道に入ります。
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 最初は緩やかですが、すぐにきつい登りが始まりました。そしてこれが延々と2時間近く続くのです。そのしんどさと言ったら! 短い足を思いきり伸ばさないと登れないような場所もたくさんあります。息が上がりましたが苦しいほどではなく、ときどき休憩を取ってお水を飲んだりしながら何とか歩き続けました。
 摩耶山の掬星台に着いたのは12時頃。足が疲れきっていました。ようやくお昼休憩です。
 眺望が素晴らしく、神戸の街や海が見渡せます。
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「手で星が掬(すく)えるほどの美しい夜景が眺められる」ことから、この名前がつけられたのだとか。
 摩耶詣祭りというのが行われていて、黄色い法衣をまとった摩耶山天上寺のお坊さんが広場でお経を上げています。突然、ものすごい煙が立ち込めたと思ったら、護摩を焚いていたのでした。
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 ここでも「体調の悪い方はロープウェーで降りてください」とアナウンスが。今までの山歩きでは、昼休憩後は緩やかなアップダウンを繰り返しながら降りて行くというパターンが多かったので、疲れてはいましたが大丈夫だろうと考えてゴールまで歩くことにしました。ところが、ここからがまだまだきつかったのです。
 アゴニー坂という急坂を下り、道路沿いの道を少し歩いて、穂高湖畔へ。この辺りは周囲がとてもきれいです。
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 空気が澄みきっているように感じられました。水路沿いの気持ちの良い道を歩きます。
 ここまでは楽だったのですが、この後、また急な上り坂が始まり、1時間近くも続きました。足が疲れきっているのでこたえます。普段から歩くのが遅い私ですが、さらにスピードが落ちていたので、後から来る人に何度も道を譲り、マイペースで進みました。
 ようやくまた道路沿いの道に出て、30分余りはのんびり歩き、2時半ごろゴールの六甲ケーブル山上駅に到着です。
 ケーブルに10分乗って、六甲ケーブル下駅へ。阪急六甲までバスに乗るようにと案内されていましたが、バスがひどく混み合っていたので、歩いて下ることにしました。3時20分頃、阪急六甲の駅に着きました。
 あとで調べてみたら、王子公園の標高は50〜60m。掬星台は690m。アゴニー坂を下った地点が600mで、そこからまた登って、ピークの六甲山記念碑台(いつ通過したのかよくわかりませんでした)は795.6mだったのです。掬星台までおよそ650mを2時間で一気に登り、午後はさらに200m近くも登ったのでした。こんな高低差を歩ききったのは初めてだし、自分がこんなに歩けるとは思いもしませんでした。
 前日に阪急ハイキングのホームページを見て、かなりハードなコースだということはわかっていたものの、標高800m近くまで登ることは理解しておらず、びっくりの連続でした。
 ガイド付きで、集団で動くハイキングだからそれでもよかったわけですけれども、やはり事前にもっときちんとコースを調べておかないといけないですね。
 (このココログ、最近リニューアルされてから操作がうまく行きません。改行が反映されないし、写真も思うように配置できない状態。しばらく様子を見ることにします。)

2019年3月21日 (木)

地震に備える

 最近、大地震に注意を促す情報が目につきます。必ず来ると言われている中南海地震などなど。その前触れのような現象が何度も起きているので、専門家が注意を喚起しているようです。
 この次に起きる地震は、今までの地震とは比べものにならないほど、広域で発生するので、ライフラインが復旧するまでには何十日もかかりそうです。救援物資もなかなか届かないでしょう。

 

 まず第一は命を守ること。次には地震後を生き抜くことです。家の中の安全対策、外出中に地震にあったときの心構え。そして水(飲料水以外にも必要。非力な女性には小さめサイズのポリタンクがおすすめ)やエネルギー源(カセットコンロとボンベ)、食品の備蓄が欠かせません。
 少なくとも1週間分の備蓄が必要と言われていますが、これって結構な量になります。そこで「ローリングストック」という方法、つまり順番に使ってはまた購入して備蓄するという方法が勧められています。

 

 テレビでも防災関連の番組がよく放送されていて、さまざまな情報が紹介されています。でも、中にはNGな情報も混ざっているようです。
 たとえばツナ缶の中央に穴をあけ、ティッシュペーパーで作ったこよりを差し込み、火を付けると、停電時に明かりになるという話。大きな余震が来たり、熊本のように二度目の本震が来たら、火事になりかねません。炎を出すような停電対策は危険です(もちろんロウソクもダメ)。

 

 と、岡部梨恵子さんという方のブログで読みました。この人のブログhttp://okabekataduke.info、役立つ情報がたくさん載っています。中にはよくわからない記事も混じってはいますが。
 岡部さんが作った「防災ハンドブック」や「ポリ袋調理 レシピ集」(高密度ポリエチレンの袋とカセットコンロで暖かい料理を簡単に作る方法)は、無料でダウンロードできます。高密度ポリエチレンの袋はダイソー(百均)で売っています。
 上に書いたURLをクリックして、右側にある「ブログのカテゴリー」から「防災グッツ、災害食の備蓄について」を選び、2018.11.28の記事、2018.10.12の記事を見つけてください。このカテゴリーのほかの記事も読むと、参考になります。

 

 

2019年3月14日 (木)

骨密度が3%増えた!

 今朝、整形外科で半年に一度の骨密度の検査を受けたら、前回(半年前)に比べて一挙に3%も増え、90%になっていました。これは同年齢の人の平均値と比べた数値なので、いわば相対評価。でも、絶対評価のカルシウム量もしっかり増えていたのです。やった!

 2016年の秋に骨粗鬆症と診断されたときの数値は85%でした。その後、処方されたビタミンDを毎日飲み、筋トレと骨トレに励み、食べ物にも気をつけてきて、毎年1%ずつ増えてきました。
 普通なら減っていく年齢ですから、わずかでも増えるのはとてもうれしいことで、そこから先日の「わづかに増えし骨密度」という俳句が生まれたりしました。

 ところが、今回は半年前に比べて3%もアップ! この半年の間に、それ以前と比べて変わった生活習慣といえば、一つはたびたびのハイキング。屋外で紫外線を浴びて長い距離を歩くようになったことです。
 昨年10月下旬から12月上旬までは週に一度のペースで出かけていました。年が明けてから頻度は減りましたが、2月に3回、3月もすでに1回行っています。11月頃はお天気が良すぎて、紫外線を浴び過ぎかも? と思ったことさえありました。

 初めは歩くことが目的だったので町歩きにも行っていましたが、やはり断然、山歩きのほうが気持ちよくて楽しい。
 お天気さえ良ければ、今月はあと2回、山歩きに出かけるつもりです。

 もう一つは、ゆるい糖質制限を始めたこと。この頃はますますゆるくなってきて、根菜類を食べたり、果物を食べる量を増やしたりしています。
 でも、糖質制限を始める前に比べると、たんぱく質の摂取量は確実に増えています。体調はずっと良いので、たぶん、以前はたんぱく質のとり方が少なすぎたのではないかと思います。

 AGEが問題だとか、野菜を先に食べるよりたんぱく質を先に食べたほうがいいとか、どの食品がいいとか、食べ物についての情報は氾濫していて、何が本当なのかよくわかりません。私はゆるい糖質制限食を半年続けてきて、今のところ自分の体に合っているようなので、しばらく継続してみることにします。

 

 

2019年3月13日 (水)

中山観音駅から中山山頂、7.7km

 昨日、そらまめさん、Hさんと3人でハイキングに行きました。阪急電車宝塚線を中山観音駅で降りて、中山寺の境内を登って行きます。

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 梅園がありますが、観梅は後の楽しみに残して10時半ごろ境内を奥へ抜け、山道に入りました。途中、滝がいくつも見られます。


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 樹木はまだ冬の木立のように見えますが、小さな新芽が芽吹いていました。澄んだ空気、野鳥のさえずりに心が洗われます。
 沢渡りのポイントが多数あり、トゥエンティクロスよりもスリリングでした。1カ所ずつはわずかな距離ながら急傾斜の岩登りぽい場所を次々と登って、足を滑らせたら谷に落ちそうな狭い道を歩いたりもして、天宮塚(てんぐうつか)に着きました。

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 素晴らしい眺望です。写真ではよくわからないかな。

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 ここから山頂までが傾斜のきつい道でした。でも、足が慣れてきていたからか、息が上がることもなく、12時20分、山頂に到着です。標高478m。
 この写真を撮ろうとしてしゃがみこんだ途端、尻餅をついてしまいました。かっこわるーい。ザックが重いので、バランスが崩れたんです。

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 あまり広くないスペースですが、お弁当を食べるのには十分でした。

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 下りは別ルートを通って、中山寺奥之院へ。

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 ここからまだまだ歩きにくい山道が続きます。足が疲れてきました。


 夫婦岩(めおといわ)。いくつも岩があるのでわかりにくいけど、一番大きい二つがそれらしい。

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 なぜかお地蔵さんがあちこちに見られる道でした。

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 3時ごろ、スタート地点の中山寺に戻り、梅をゆっくり楽しみました。いくつも種類があって、とてもきれい。

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 登り、下りとも各2時間くらい。山歩きの距離は7.7kmです。たったそれだけ? と思うけど、今の私にはちょうど良かった。
 「不安定な空模様で雷雨が降るかも」という予報でしたが、ほんのいっときパラついただけで、おおむね晴れでした。



 

2019年3月12日 (火)

「春の素謡と仕舞の会」(京都観世会館)

 素謡は能を一曲全部、囃子方抜きで語るもの。仕舞は見どころを地謡付きで(囃子方抜きで)シテが一人で紋付袴姿で舞うものです。
 前は「素謡と仕舞の会」に行こうなんて思いもしなかったのに、大槻能楽堂の素謡「屋島」以来、素謡という上演形式がすっかり気に入り、「もっと聴きたい」と思うようになりました。
 一方、仕舞は以前から見ていたものの、よくわかりませんでした。ところがこちらもこの頃はだんだん楽しめるようになってきたのです。

 プログラムと主な出演者は次のとおりです(地謡のお名前は省きました)。

  素謡 田村  シテ 味方 玄  ワキ 林 宗一郎

  仕舞 白楽天   河村和重
      放下僧 小歌  浅井通昭
      蝉丸     鷲尾世志子
      昭君     浦田保親

  素謡 三山(みつやま)  シテ 青木道喜  ワキ 河村晴道  ツレ 味方 團

  仕舞 難波     橋本忠樹
      屋島     吉田篤史
      采女キリ   橋本 (手偏に廣)三郎
      隅田川     大江又三郎
      鞍馬天狗  河村浩太郎

  素謡 景清 シテ 梅若 実 ワキ 片山九郎右衛門 ツレ 浦部幸裕 トモ 田茂井廣道

  仕舞 邯鄲(かんたん)  松井美樹
      箙(えびら)      大江広祐
      東北クセ       深野新次郎
      船弁慶キリ      梅田嘉宏

  素謡  海士(あま)  シテ 越賀隆之  ツレ 片山伸吾  子方 深野和奏

 まず素謡について。
 「田村」の味方玄さんと林宗一郎さんはどちらも素晴らしい声の持ち主です。曲の性質なのか、やや低めの朗々とした声。聞き惚れました。
 「景清」のシテは梅若実さんです。最初、私はプログラムを読み間違えて、仕舞をなさると思っていて、この前のTTホール公演のあと、あまり日にちがたっていないので「大丈夫?」と気になっていました。
 素謡では声は以前と変わらず(たぶん、ですが)、一安心しました。でも、座るときと立ち上がる時は若い方が介助して、それでもかなり手間取っていましたから、足はやはり良くないようです。

 「海人」は曲そのものがドラマチックな上に、シテの越賀隆之さんの表現力が豊かなので、主人公の女性の苦しみや我が子を思う切ない気持ちがぐいぐいと伝わってきました。子方の深野和奏さんは高くしっかりした声でとても上手なので驚きました。

 仕舞について。
 「蝉丸」の鷲尾世志子さんは小柄な女性でしたが力強く見応えのある舞いぶり。
 「屋島」! この曲、好きだなあと改めて思いました。吉田篤史さんの舞は勇壮でした。
 「采女」がこの日、一番良かったです。橋本さんは金地に白で淡く霞がたなびいているような絵柄の扇を手にして舞います。それが猿沢池の上に浮かぶ月に見えて、ゾクゾクしてしまいました。

 「隅田川」は1月に「翁」を舞った大江又三郎さんです。この曲は悲しすぎるのでずっと敬遠してきたのですが、この仕舞を見てから、ぜひ能で拝見したいと思うようになりました。それくらい情感豊かで美しかったのです。
 「邯鄲」の松井美樹さんはほっそりした女性。初めは体格で損をしているように見えましたが、上手で、所作の一つ一つが決まっており、体格も気にならなくなりました。
 「船弁慶」。この曲も今まで面白さがよくわからず、見たいと思いませんでした。梅田嘉弘さんの舞は知盛の亡霊が目に浮かぶよう。「隅田川」と同様、この曲も改めて全体を見てみたいという気持ちになりました。

 11時に開演し、20分の休憩を二度挟んで、終わったのは4時ごろ。とても楽しい時間を過ごしました。
 「素謡と仕舞の会」って地味な気がするのですが、見所(観客席)は8割方埋まっていました。謡本を手にして鑑賞している人が多かったので、きっと謡を習っている人が多数を占めたのでしょう。自分が師事している先生の舞台を見に来ていたのかもしれません。
 京都では謡を習っている人口がまだかなりいるようです。ただ、ほとんどが高齢者なので、先行きが気になります。


 

2019年3月 7日 (木)

俳句ゼミ、春の句会

 一昨年の秋から受講している初心者向け俳句ゼミ、今日は3カ月に一度の句会でした。参加者は先生を含めて14名。私が受講し始めてから一番人数の多い句会になりました。

 今回、3句のうち1句は「雛祭」またはその関連の季語を使った句を詠むことが課題でした。といっても、そこは初心者向けですから、「できればそうしてね」という程度の、ゆるーい決まりです。

 私は次の3句を投句しました。

    初孫の乳の匂ひや雛祭

    狭き戸を出でし棺や雪柳

    啓蟄やわづかに増えし骨密度

 受講生が順番に佳作2句と特選1句を発表して行き、ほかの人たちの句がつぎつぎと選ばれる中で、私の句はちっともお声がかからず。ようやく「初孫の」に佳作一人、「狭き戸を」に佳作一人、「啓蟄や」に佳作二人という寂しさ。すっかりしょげてしまいました。

 最後に講師の先生が佳作3句と特選3句を発表されました。そして、「初孫の」が佳作に、「啓蟄や」が特選に選ばれたのです。うれしい〜! 3句のうち2句まで選んでいただけるなんて、思ってもみませんでした。

 とりわけ「啓蟄や」は自分では気に入っていたものの、先生はとらないだろうなあと何となく想像していました。それが特選とは! 意外でしたし、こういう句もOKなんだと思うと、これからの句作の励みになりました。

 一方、私が特選に選んだのは
 

    萌黄色桃色和菓子店に春

 この句は先生の作でした。私のほかに、一人が特選、二人が佳作にとっていました。
 佳作には

    春ショール巻きつつ次の約束へ

 これも先生の句でした。私のほかに二人が佳作としていました。

 残る一句はさんざん迷った挙句、

    過疎の里嫗(おうな)の集ふ雛祭

 にしました。これは今回初めて句会に参加された80代くらいの男性の句でした。私のほかには誰もとっていませんでした。

 今回、投句した句は、どれもかなり早い時期にできていたもので、初めて気持ちにゆとりを持って句会に臨むことができました。
 こんなこともあるんですね! めったにないことかもしれませんが。



    

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