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2017年11月

2017年11月30日 (木)

2017年の観能記録

 能は以前から、鍛え抜かれた生の声が能楽堂に響き渡る感じが好きで、ときどき見に行っていました。本格的に見始めたのは今年になってからです。大槻文藏さん、友枝昭世さんのような上手な方がシテを演じる能を見ると、心身が癒され清められる感じがして、病みつきになりました(梅若玄祥さんの場合はなぜか眠くなることが多いです)。

 1年の総まとめをするには少し早い時期ですが、12月になると何かと忙しいので、今のうちに整理しておくことにしました。
 以下、曲の名前、シテ、会場です。

1月 「翁」 大槻文藏 大槻能楽堂
   同じ公演で「鞍馬天狗」 観世銕(てつ)之丞

1月 「綾鼓(あやのつづみ)」 友枝昭世 大槻能楽堂

2月 「胡蝶」 観世喜正 大槻能楽堂

   同じ公演で「星」 大槻文藏 

2月 「清経」 梅若玄祥 京都観世楽会館

3月 「景清」 梅若玄祥 京都観世会館
   同じ公演で「桜川」 片山伸吾
   同じ公演で「須磨源氏」 浅井通昭

4月 「実方」 大槻文藏 大槻能楽堂

6月 「遊行柳」 大槻文藏 大阪能楽会館
   同じ公演で「殺生石」 大西礼久

7月 「頼政」 梅若万三郎 大槻能楽堂

9月 「玉井(たまのい)」 味方(みかた)玄(しずか) 京都観世会館

10月 「松風」 観世清和 京都観世会館

11月 「松山天狗」 梅若玄祥 大槻能楽堂

11月 「清経」 大槻文藏 大槻能楽堂
    同じ公演で「葵上」 大槻裕一

 全部で18曲。よく見たものです。中にはほとんど眠っていたものもありますが。。。

 年内にあと一度、「江口」(シテは友枝昭世、大槻能楽堂)を見る予定です。
 2018年の観能は、4日、大槻能楽堂の「翁」から始めます。
 

2017年11月26日 (日)

「清経」「葵上」は着物で

 23日は着物を着て行きました。

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 青色地に葡萄唐草柄の小紋。東寺の弘法市で手に入れたものです。帯は鬘帯文様の名古屋帯。西陣にある「織成館(おりなすかん)」でずいぶん昔に安く購入しました。 鬘帯は能で女性役の髪を飾るアクセサリーです。

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 帯締めは紅葉のイメージ。帯揚げは濃い葡萄色です。

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 このごろ、お太鼓が水平になりません。タレも変だし。
 ピシッときれいに着たいものです。

能「清経」、「葵上」などを見ました

 23日(祝日)、大槻能楽堂へ。「大槻文蔵 裕一の会」を見ました。大槻秀夫さん(文蔵さんのお父さん)の二十七回忌追善公演だそうで、約4時間みっちり、顔ぶれも豪華でした。

 まず、能「清経」。シテは大槻文蔵(人間国宝、以下、「さん」を省略します)。
 2月に京都観世会館で梅若玄祥(人間国宝)の舞台を見ました。その時、なぜかこの曲の世界に入っていけなかったので、今回はリベンジ! のはずでしたが、またもやうまくいきませんでした。大好きな大槻文蔵さんだから、今回は大丈夫、と思っていたのに。なんでかなあ。

 ただ、「恋之音取(こいのねとり)」の部分にはうっとり。笛の奏者(藤田六郎兵衛)が常の座より前に出て、揚げ幕に向かって座ります。そして長く笛を吹いては、間をたっぷり取り、また笛を吹きます。やがてシテ…清経の亡霊が現れ、少しずつ橋掛かりを進みます。
 笛の名手だった清経が笛の音に引かれて幽界からやってくるという演出。文蔵がまとう空気感が透明で張り詰めていて、ゾクゾクしました。素晴らしい小書(特殊演出)です。

 ワキは福王茂十郎。大鼓は亀井忠雄(人間国宝)、小鼓は大倉源次郎(人間国宝)でした。

 休憩を挟んで、仕舞二曲。「花月」を観世三郎太(観世清和の子息。ハイティーンです)。「天鼓」を観世淳夫(あつお。銕之丞の子息。20代)。
 伝統芸能の家に生まれると、大変ですね。皆が皆、家の仕事を継ぐわけではないでしょうが。

 狂言「二千石(じせんせき)」、野村萬斎。不覚にもここで眠くなってしまい、よくわからないままに終わりました。

 舞囃子「融(とおる)」、観世銕之丞。いつもながらバリトンの深い声です。この曲は能で見てみたいとずっと思っています。

 一調一声、「玉葛」、梅若玄祥。能では体ばかり見ていましたが、この方、声も素晴らしいとやっと気がつきました。

 一調、「勧進帳」、観世清和。歌舞伎や文楽の「勧進帳」で弁慶が偽の巻物を取り出して読み上げる部分の謡でした。何度も見ているのでおおよそは覚えているし、観世清和は発声が明瞭なのでとてもわかりやすい。迫力たっぷりでした。

 休憩を挟んで、能「葵上」。若い頃に一度見たきりです。舞台正面に小袖を置き、それが葵の上を表すという演出が驚きで、印象に残っています。
 この日はシテが大槻裕一(文蔵の芸養子)、横川小聖が福王知登(ともたか、福王茂十郎の次男)、下人が野村太一郎(野村萬の孫)と、若い能楽師が大活躍。
 太鼓が三島元太郎(人間国宝)、大鼓が亀井広忠ですが、小鼓の成田奏と笛の杉信太朗は若い人でした。

 能は人間国宝級の能楽師さんの舞台を選んで見ていますが、若い人たちが熱演する舞台も見応えがありました。
 前半で六条御息所の悲しみがそくそくと伝わってきたので、般若の面をつけて横川小聖とたたかう後半に厚みが出ました。大槻裕一、なかなか筋の良い能楽師さんです。

 この日、客席は満席でした。この会があるから、18日の「松山天狗」は入りがよくなかったんですね。両方とも「見ておかなくちゃ」と思った私は経済観念に問題あり、です。

2017年11月21日 (火)

箏の演奏会は着物で

 相楽園へ箏の演奏を聴きに行った日は、着物を着て行きました。文楽鑑賞の日に着るつもりで用意していた一揃えをようやく着ることができました。

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 無地の紬に塩瀬の名古屋帯。帯は黒地に唐子の文様です。帯締め、帯揚げは色づいた銀杏のイメージ。

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 お太鼓には唐子人形がお酒を酌み交わし、槍と扇で踊っている様子が描かれています。写真では顔がよくわかりませんが、可愛いです。「黒田節」かな? と想像しています。

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 着物はリサイクルショップで買ったもの、帯は着付けの先生から譲っていただいたものです。コートだけは新調品で、青系統の紫地に飛び柄文様。友達のお母さんに仕立てをお願いしたら、丈も身幅もちょうど良い具合に仕上げてくださいました。感謝。
 これから当分、愛用することになりそうです。

相楽園で箏の演奏会


 日曜日は神戸の相楽園へ。

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 旧友が出演する箏(琴)の演奏会を聴くためです。

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 前半は江戸時代〜明治時代に作られた曲が3曲。後半は現代曲が2曲。締めくくりは童謡のメドレーでした。

 どの曲も尺八と箏の合奏。三味線が加わった曲もありました。箏は、低音部と高音部に分かれたり、十七絃が加わったりして、変化に富んでいました。
 秋のひととき、雅やかな雰囲気に浸れてとても幸せ。とりわけ現代曲が聴いていて楽しかったです。

    箏の手に小鳥羽ばたく秋うらら 

 箏をかき鳴らす手の動きが小鳥の羽ばたきのように見えて。

 ちょうど菊華展が開かれていました。

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 こういう仕立て方は「厚物」と呼ぶそうです。

 日本庭園は紅葉が見頃でした。

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 秋を満喫することができました。

 急に気温が下がったからか、夜になって咳が出ました。

    邪(よこしま)なこびとが喉(のど)に冬来る

 こんなときの晩ごはんは味噌おでんがいい。お味噌に刻みネギをたっぷり練りこんで、温まりました。

2017年11月20日 (月)

能「松山天狗」を見ました

 土曜日に大阪の大槻能楽堂で「松山天狗」という曲を見ました。
 この題からは想像しにくいですが、流罪になりその地で没した崇徳院の御陵を西行法師が訪ね、歌を捧げて弔う、というお話です。

  お約束どおり老人が現れて御陵へと案内した後、墓の中に消え、夜になって崇徳院の霊が現れます。初めは西行の歌を喜び、舞を見せますが、都での出来事を思い出すうちに激しい怒りにとらわれます。霊峰から天狗が降りてきて(首領と、子分が二人)、崇徳院を奉って空へと消えていきます。

 作者は不明。場所は讃岐の国、松山。今の香川県坂出市のあたりだそうです。季節は前場が、ある春の日の午後。後場はその日の夕刻〜夜半です。

 入り口で配られた資料に前もって目を通しておいたので、あらすじは頭に入っていました。シテが崇徳院だという時点で、「怨霊」「怖い」というイメージが先行し、お調べにも今までにない不気味さを感じてしまいました。

 でも、実際には後場でも恐ろしさはあまり感じられず、最大音量で奏でられるお囃子、お囃子に乗った動きに勇壮さを覚えました。見て美しいことに眼目が置かれているのだと思いました。

 資料には後シテの装束を「緋大口、黒直衣」と記してありましたが、大口(袴)は緋色ではなく明るいベージュでした。緋色と黒という激しいコントラストの取り合わせでなくベージュと黒というすっきりした組み合わせが選ばれているところに、西行によって慰められた崇徳院の心が反映されているような気がしました。

 シテは梅若玄祥さん。知名度抜群の能楽師なのに、客席は案外すいていました。お客は「誰が演じるか」だけではなく「どの曲を上演するか」にも重点を置いて公演を選ぶのでしょう。

 ワキ(西行法師)は福王和幸さん。この方を見るのは久しぶりです。長身で、超のつくイケメンです。ワキとしてよくお見かけする福王茂十郎さんのご長男。和幸さんの追っかけをテーマにしているブログもあるほどの人気者です。
 和幸さんが橋掛かりを歩く姿は風情たっぷりで、惚れ惚れするくらいきれいでした。

 この曲は金剛流のみ現行曲として扱っていましたが、観世流では長らく途絶えていました。平成6年に大槻文蔵、梅若玄祥、観世銕之丞の3人によって復曲されました。

 西行の

    よしや君 昔の玉の 床とても かからん後は 何にかはせん

 (かつて立派な玉座に座られていたあなたも、このようなお姿になった今では何になりましょうか。何にもなりません。ただあなたの成仏を祈るだけです。)

 という和歌を基にして作られたそうです。曲中、ワキが崇徳院の御陵でこの歌を詠みます。これに感じ入って後シテが現れるという趣向です。
 和歌の持つ力、言霊のパワーが信じられていた証でしょうね。

2017年11月16日 (木)

このごろの俳句

 その後もせっせと俳句を作っています。「NHK俳句」の兼題、同じくNHKの番組「俳句さく咲く」の兼題、「初めての俳句講座」で宿題になっている晩秋から初冬の季語で詠んだもの、今の季節の季語を使った句などさまざまです。

   一年(ひととせ)を無事に過ごせり日記買ふ

   万物の黄昏行くや秋深し

   痛恨の一事残れり貴船菊

 *貴船菊は秋明菊(シュウメイギク)の別名です。↓我が家の庭に咲いていた秋明菊。そろそろ花の終わる時期です。

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   白菜の甘み日に日に夜寒かな

   凩(こがらし)や早々と置く猪口二つ

   一握の米たちまちに寒雀

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 ↑毎朝、庭にやってくる雀たち。ちょんちょんと動くので、写真がうまく撮れません。

   子猫らの眼(まなこ)空ろに秋の暮

 *外出帰りの夕暮れどき、まだ開店していない店の前に子猫が二匹。そばに段ボール箱があったので、そこに入れて捨てられたのでしょう。一瞬、一匹と眼が合ってしまいました。言いようもないほど空ろで悲しげな眼でした。連れて帰るわけにもいかず…。子猫の眼がいつまでも脳裏から消えませんでした。

   炉開きや師の長命を願いおり

 *昨日はお茶の稽古に行きました。11月から、炭をおこす道具は炉に変わります。11月は「炉開き」。「茶人の正月」とも言って、めでたいのです。
  お茶の先生は80代後半。お元気です。いつまでもお元気でいてほしいと願います。

   小春日や葱植えている庭の隅

   ホールケーキ切りし聖夜や夫(つま)とゐる

 ↑ホールケーキを切ったのは過去で、夫といるのは現在だということ、この句でわかるのでしょうか。

 図書館で藤田湘子の『入門 俳句の表現』という本を借りてきて読んでいます。勉強になります!

2017年11月11日 (土)

文楽11月公演 「心中宵庚申」「紅葉狩」

 木曜日に大阪の国立文楽劇場で「心中宵庚申(こうしん)」と「紅葉狩」を見ました。どちらもこれまでに何度か見たことのある演目です。

 「心中宵庚申」は近松門左衛門作。お千代と半兵衛という、恋人同士ではなく夫婦が心中するところが珍しい。現実に起きた事件をモデルにしているそうです。
 これまでの記憶では「重い」「辛気臭い」という印象が強かったのですが、今回は思いがけないほど感動しました。特に、最後の段、「道行(みちゆき)思ひの短夜」は絶品でした。

 お千代は五カ月の子どもを身ごもっています。尋常に産んで育てることができていれば…という辛さを切々と語ります。
 半兵衛は八百屋の養子ですが元は武士。お千代を殺してから自分も死ぬのですが、武士の作法どおり切腹して、さらに自ら喉を掻き切ります。そしてゆっくりとお千代の亡骸の上に倒れ伏します。
 この様式美が哀切極まりなくて、泣いてしまいそうでした。

 道行といえば、「曽根崎心中」の道行のように華やかで妙に明るくて、そのおかげでカタルシスを味わうことのできる場面が多いように思っていましたが、「宵庚申」の道行は全く違っていました。

 もっとも、「曽根崎心中」(近松の傑作)は長い間上演が途絶えていたのが戦後になって復活した作品で、近代的な作劇術が用いられていますから、基準にするのはおかしいのですよね。

 「紅葉狩」は能から採った作品。更級姫(実は鬼女)が露骨に維茂(これもち)をナンパするところが可笑しかったです。
 舞台は一面の紅葉、前半の姫と腰元の衣装、後半の鬼女の衣装、維茂の衣装も美しく、目の保養になります。お囃子が入って派手な斬り合いになったりするので、「宵庚申」の暗い気分を吹き飛ばしてくれます。
 前半、更級姫を三人出遣いで遣っているのが不思議でした。なぜ出遣いにしたのか、よくわかりませんでした。

 文楽を見に行く時はいつも着物を着ます。この日も前もって用意しておいたのに、あいにくの雨で中止。

   文楽の錦秋公演着物着て

のはずでしたが、フィクションになってしまいました。

2017年11月 9日 (木)

摂津峡でハイキング。俳句も作りました

 友達のそらまめさんから誘ってもらい、火曜日に大阪の摂津峡でハイキングをしました。天気は晴れ、気温もほどよく、絶好の行楽日和です。女性ばかり4人、お昼の休憩を挟んでおよそ2時間半、歩きました。
 コースは初心者の私に配慮してくれて、歩きやすい道でした。それでも勾配のきつい階段の上り下りもあって、変化に富んでいました。

 この前の台風の影響か、大木が根こそぎ倒れているのを何度も見かけました。道の上にも倒れているので、またいだり、時にはくぐったり。
 杉の枝がどっさり道に落ちていたりもして、凄まじい強風が吹き荒れたことがわかりました。

 紅葉を少し期待していましたが、ごく一部でした。「もみじ谷」という名前のポイントがありましたが、ほんの1本か2本だけ。

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 歩いている間は余裕がなくてメモすら取れなかったので、帰宅してからと翌日に句を作りました。

   倒木をまたぎて進む秋の峡(かい) 

   ひともとの紅葉(もみじ)明るし峡の道

 紅葉しかけている木は、緑から朱色へのグラデーションが見事です。

   緑から朱へと移ろふ紅葉かな

 ハイキングに来るのは何年ぶり? ン十年ぶりかもしれません。森林浴の気持ちいいことといったら!

    秋山や胚細胞の清らかに

 どこからか水音が聞こえるな、と思ったら、滝でした。

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    奔る(はしる)滝秋天の中そうそうと

 渓流沿いの道も歩きました。水は透き通っています。

    秋の川澄みて雑念流しけり

 柿の木にぽつんぽつんと実が残っています。ほかは鳥たちが食べたのでしょうか。

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    柿残るカラス我が子に運びしか

 ↑童謡の「七つの子」を思い出しました。

 自然の中を歩くって、こんなに気持ちいいんだと、思い出しました。

    秋天やカラダ喜ぶハイキング

 ↑平凡ですが、実感そのままです。  

2017年11月 8日 (水)

京都で顔見世興行のお練り。そこで一句

 先日の日曜日、京都で顔見世興行を目前にしたお練りが行われました。芝翫(しかん)の名前を襲名した中村橋之助と、同時にそれぞれ新しい名前を名乗ることになった3人の息子の襲名披露が行われるので、親子4人のお練りでした。
 いつもの会場、南座が耐震工事中なので、今年は岡崎のロームシアターで開かれます。一行は八坂神社で成功祈願をしてから岡崎までの道を人力車でゆっくり進んだそうです。

 近隣に住んでいる娘の住まいには、前もって「声援してください」という趣旨の回覧板が回ってきたとのこと。私に似て歌舞伎が好きな娘は、当日、3歳の孫娘を連れて沿道で見物したそうです。
 ラインで写真を送ってきました。残念ながら逆光で、役者さんの顔はよくわかりませんでした(^-^;
 息子さん3人ともイケメンさんだった、というのが娘の感想です。

 孫と近所の1歳の女の子が、わけもわからず一生懸命手を振るのが役者さんたちにウケたらしく、いっぱい手を振ってもらったと、娘は喜んでいました。
 未来の歌舞伎ファンだと期待されたかもしれません。

  顔見世のお練り手を振る京の秋

*歳時記で調べてみたら、「顔見世」は冬の季語でした。おそらく、以前、顔見世興行が12月だけ行われていたからでしょう。最近は11月〜12月の2カ月にわたって開催されるのが通例なので、冬の季語だということは考えなくて構わないだろうと思います。

 

2017年11月 6日 (月)

「はじめての俳句」講座第2回に参加しました その2

 後半は「ひとりの俳人の句をまとめて詠んでみましょう」。星野立子(たつこ)が取り上げられました。

  しんしんと寒さがたのし歩みゆく

  たはむれにハンカチ振って別れけり

  春たのしなせば片づく用ばかり

  美しき緑走れり夏料理

  考へても疲るるばかり曼珠沙華

  障子しめて四方の紅葉を感じおり

  雛飾りつつふと命惜しきかな

などなど、15句がレジュメに挙げられています。
 どれも作為の感じられない、素直な作ばかり。こんな平易な言葉でありふれた材料を使っても俳句になるのか!! と、驚嘆しました。かといって、これを真似るのは案外難しそうです。

 星野立子は明治36年に高浜虚子の次女として生まれています。虚子は娘には俳句を一切教えず、立子が俳句を始めたのは結婚後でした。
 先生がコピーを配られた資料では「星野立子の句には…略…生れっ放しの赤子が立っているような柔らかさに満ちている」と評されていました(筆者が誰なのかはよくわかりません)。

 星野立子の名前は、最近買った歳時記で何度か目にしていました。でも、こうして作品をまとめて読んで、初めて作風がつかめました。
 「こんなのもありなのかあ」というのが正直な感想です。共感できる句がいくつもありますが、これからの句作に生かせるかどうかはよくわかりません。

 次回はいよいよ句会です。晩秋から初冬にかけての季語を使った句を1〜3句、持寄るのだそうです。
 自分なりに納得のいく句が作れるといいなあ。

2017年11月 5日 (日)

「はじめての俳句」講座第2回に参加しました

 月1回の「はじめての俳句」講座、第2回です。
 「晩秋の季語を学び、名句を読み味わいましょう」と、講師の先生がレジュメにあげた句は7つ。

 季語 秋の暮
  此道や行人なしに秋の暮  松尾芭蕉
 季語 行秋
  行く秋や水の中にも風の音  正岡子規
 季語 秋深し
  秋深き隣は何をする人ぞ  松尾芭蕉
 季語 身に入む(しむ)
  歯にも衣着せよ身に入む頃なれば  利根川博
 季語 火恋し
  火恋し僧に会釈の長廊下  中田みなみ

などでした。

 このうち、芭蕉の「秋深き隣は何をする人ぞ」は私でも知っている、有名な句です。
 この句を味わうために、先生は若い頃の芭蕉について、お話をしてくださいました。

 芭蕉は伊賀上野、藤堂藩の下級武士の家に生まれました。
 子どもの頃に、藩の若様の相手役に抜擢されます。若様とは気が合い、一緒に遊んだり学んだり。教養を積みました。
 ところがこの若様が早逝してしまいます。
 そうなると藩内の力関係で芭蕉は排斥され、居場所を失います。

 芭蕉は故郷を離れて江戸に移り住みます。新規まき直し、やり直そう、という気概に溢れていたことでしょう。
 芭蕉は土木関係の仕事に就きます。今で言えば役所の土木課のような、公的な性格の仕事だったそうです。
 私生活では、ある女性と内縁関係を持ちます。また、国許から甥が江戸へ出てきたので、面倒を見てやります。

 そうするうちに、内縁の妻と甥が恋愛をしてしまうのです。
 道を外した恋は厳しく糾弾される時代。公的な性格の職業に就きながら身内から不埒な人間を出してしまったことで芭蕉は職を捨て、当時は草深い田舎だった深川に逼塞しました。
 こうして、若いうちに二度の挫折を経験したところから、江戸に居つかず旅を繰り返す生き方を始めることになるのです。
 当時、旅は危険に満ちており、生きて帰れる保証などなかったのでした。漂泊の日々に自分の生きる道を見出した芭蕉。その思いは、「此道や行人なしに秋の暮」の句からも読み取ることができます。

 私は今まで芭蕉のこのような体験を知りませんでした。若いうちから世捨て人のようになってしまったとは!
 旅に明け暮れ、自宅にはたまにしか戻らなかったからこその「隣は何をする人ぞ」なのだと、初めてわかりました。
 現代にそのまま通じる句でもあります。

 *「その2」へ続きます。
 

2017年11月 3日 (金)

俳句作りを続けています

 前回は説明し過ぎたと反省しています。読み手が自由に想像する余地を残さないといけないですね。

10月30日に作った句

 秋天や庭の雀に米をまく

 秋深し急がぬメールの返事待つ

 新蕎麦を打つ手ちひさき友の笑み

 装束に秋を映して能楽堂

10月31日に作った句

 玲瓏という語のありて秋の朝

11月1日に作った句

 いつも見ている番組「NHK俳句」のホームページをのぞくと、11月末締め切りの題が告知されていました。
 そのうち、「冬の空」「クリスマス」を使った句を考えてみました。
 秋の句もあります。

 観覧車ひとりで揺れる冬の空

 クリスマスケーキ売る手のかじかみて

 ささやかなハレ子のおらぬクリスマス

 クリスマスそっと紅引く鏡かな

*フィクションです。デートに出かける前の女性をイメージしました。

 クリスマス夜の真珠を身につけて

*これもフィクションです。

 遠ざかる思ひ出ありて冬の空

 自転車の母子(ははこ)膨らむ冬の空

 アンテナのきっぱり立てり冬の空

 桜もみじ空家の庭に呆然と

 秋天やピアノの稽古ぽつぽつと

2017年11月 1日 (水)

句作に励んでいます

 このところほぼ毎日、俳句を作っています。ジムで運動している時や、家事を片付けている時など、ずっと考えていて、まとまるとノートに書きます。
 難しいと感じることもなく、するするとできます。が、しょせん素人なので、我ながらレベルは低いです。一つ一つの言葉にもっと密度がほしい。語と語のあいだに必然性がほしい。などと思います。
 今はどんどん作って、五七五の調べと季語に慣れようと思っています。

 恥ずかしいですが、そのために始めたブログでもあるので、できた句をupします。
 自作の説明をするのは邪道だとも聞きますが、わかりにくい句には最小限の説明を加えました。

 河川敷コスモス揺れて子ら駆ける

*家の近くに大きな川が流れていて、広い河川敷が憩いの場になっています。秋になると中学校や高校のマラソン大会、それに向けての練習が盛んです。

 青天の秋さっそうと白上着

*やっと涼しくなった頃、夫が白っぽいベージュの背広を出してきて、「今頃着たらおかしい?」と尋ねます。濃い色のズボンと合わせると、意外と秋にぴったりだなあと思い、「いいと思うよ」と答えました。

 紅い萩白い萩なだれを打って元興寺

*元興寺(がんごうじ)は萩で有名な奈良のお寺です。

 連子窓に空澄みてありしまい風炉

*連子(れんじ)窓は茶室の窓。茶道では炭をおこすのに、11月から4月までは炉、5月から10月までは風炉を用います。10月は風炉を使う年内最後の月で、この時期の風炉を「しまい風炉」と呼びます。

 イチョウ散りて美容師の髪金色に

*行きつけの美容院は2階建てで、2階に通されると大きな窓から街路樹がすぐ前に見えます。プラタナスやイチョウなど、とてもきれいなのです。
 ある時、若い女性の美容師さんが髪を金髪に染めて可愛らしかったことがあり、それを思い出して作った句です。
 「銀杏」と書くと「ぎんなん」と読まれそうなので、カタカナにしました。

 近江路に青磁焼くなり秋あかね

*ずいぶん昔のこと、仕事関係で、一筋に青磁だけを焼き続ける陶芸家さんに会ったことがあります。琵琶湖を見下ろす山の中腹に窯を構えていました。その頃はまだ若く、幼いお子さんが広い庭を走り回っていました。その後、精進されて、この数年は毎年、伝統工芸展に青磁の作品を出品しておられます。
 「秋あかね」は赤とんぼのことです。

      以上は10月29日に作りました。

 

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