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2017年12月

2017年12月28日 (木)

文化庁芸術祭賞受賞者にこの方々とこのドラマ 

 文化庁芸術祭賞の受賞者が発表されました。そのリスト中に、私が今までに「いいな!」と思ってきた方や作品を複数、見つけました。

 演劇部門の優秀賞に善竹隆司さん。狂言師です。いつ、どこの舞台で拝見したのか思い出せないのですが、その声の素晴らしさ、滲み出るおかしみに酔いました。まだ若いのに、よほど修練を積んでおられるのでしょう。

 大衆芸能部門の優秀賞に落語家の林家染雀さん。芝居噺が評価されたようです。
林家染丸一門の中でも、師匠の得意分野、芝居噺を受け継いでいるのはこの方です。以前、繁昌亭で高座を何度か聴いて、魅了されました。

 このところ落語はごぶさたしています。染雀さんの受賞記念の会が開かれるなら、久しぶりに繁昌亭に足を運んでみたいです。

 テレビ・ドラマ部門では大賞にNHKの「眩(くらら)〜北斎の娘」。優秀賞の一つに同じくNHK「夏目漱石の妻」。どちらも今年、感動したドラマでした。

 年末になって飛び込んできたうれしいニュースのもう一つは、評論家の渡辺保さんが芸術院会員に選ばれたこと。うっかりしてニュースを見落としていましたが、その前に芸術院賞を受賞されてもいたのです。

 渡辺保さんのお名前とお仕事は、初め、歌舞伎評論の分野で知りました。その後、伝統芸能の幅広い分野をカバーしておられることがわかりました。
 この方、Eテレ「にっぽんの芸能」の「名人列伝」というコーナーで、いつも解説を務めているのです。歌舞伎、文楽、能、日本舞踊、地唄舞、長唄、箏曲など、どのジャンルにも深い見識を持っておられます。

 著書多数。私が読んだのは六世中村歌右衛門を取り上げた『女方の運命』(岩波現代文庫に収録されています)。この本を読んだとき、何十年も歌舞伎を見てきて歌右衛門の舞台も何度も見たのに、私は何もわかっていなかった、と思いました。
 5歳で六世尾上菊五郎の舞台を見て、衝撃を受けたのだとか。義太夫や能も中学生や高校生の頃に初めて見て、虜になったらしいです。その感受性と批評眼の鋭さには敬服するばかりです。

 今年になって読んだのは『昭和の名人 豊竹山城少掾 魂をゆさぶる浄瑠璃』(新潮社)、『能ナビ 誰も教えてくれなかった能の見方』(マガジンハウス)。どちらも面白くて、ぐいぐい引き込まれる内容でした。

 普段から関心を持って見ている人や敬意を抱いている方が大きな賞を受賞されるというのは、うれしいものです。私など何の関係もないのに、幸せな気分になれます。

 この記事でこのブログの今年の更新を締めくくります。

    年の瀬や
体が動くありがたさ

    年の瀬やおせち作りと筋トレと

2017年12月23日 (土)

大掃除

 数日前に懸案の下駄箱掃除を片付け、今日はアルミサッシのレールを掃除。と言っても、DKの南側にある幅2間の掃き出し窓だけです。
 普段からきれいにしていれば、年末の慌ただしい時期に時間を取られなくて済むのに。とわかっていながら、ずっとほったらかしていました。
 すっきりときれいになると清々しくて、掃除への意欲が高まります。

    磨き上げまた欲が出る大掃除

 あと何カ所、きれいにできるかなあ。

 昨夜、映画「ゴッドファーザーpart.2」を見ました。公開時(昔!)に見逃して、数年前にテレビで放送されたのを録画しておいたのです。
 一作目も録画で見て、アル・パチーノがかたぎの若者から父(マーロン・ブランド)の後を継いでマフィアのボスになり、驚くような変貌を見せるところがゾクゾクするくらい印象的でした。

 第二作は、3時間半もの大作。アル・パチーノ演じるところのボスと、亡くなった父親の子ども時代からマフィアのボスになるまでが交互に描かれます。重点は、アル・パチーノに置かれています。

 マフィアのボスの考え方や行動に共感できるところなどないのに、見終わったとき、分厚い文学書を読んだ後のような重い感動に包まれました。大きなスケールで深く人間が描かれているからでしょうか。

 三作目が、まだブルーレイに残っています。年内に見られるかどうか…。

 

2017年12月21日 (木)

能「江口」は着物で

 「江口」を見た日は、着物を着ました。


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 15年くらい前に、お茶の社中の先輩から譲っていただいたお召の着物です。その頃60代だった方の若い頃の着物。しつけ糸がついた新品でした。グレーに見える部分は細い縦縞になっています。
 この着物を着て人に会うと、必ずと言っていいほど「おしゃれやねえ」とほめてもらえます。

 気ぜわしくて、名古屋帯を締めるのがおっくうだったので、半幅帯をカルタ結びにしました。Uチューブで見ながら締めたら、きゅうきゅうに締まって苦しいほど。やり直したら、今度はゆるゆるに。帯締めでごまかしています。

 着物を着るのも今年、これが最後です。来年は何回、着られるかなあ。

能「江口」続き

 主な出演者は次の通りです。

 シテ 友枝昭世
 ワキ 福王茂十郎
 ワキツレ 広谷和夫、福王和幸
 
 大鼓 山本哲也
 小鼓 横山晴明
 笛     杉    市和

 友枝昭世さんの謡は聴いていると胸にじかに飛び込んでくる感じがして、涙ぐみそうになりました。静止している時の佇まいから、この方の心身が舞台空間を支配していることが感じられました。
 後シテの装束は緋色の袴をつけます。遊女というより巫女のように見え、普賢菩薩に変化(へんげ)するという結末をすんなり受け取ることができました。

 川遊びのシーンから後、謡の文言がとても美しいのです。季節の自然が色彩豊かに語られ、すべては移ろうと言います。こうした仏教的無常観、輪廻転生の思想は、四季がはっきりしている
日本だからこそ発達したのかも、と気づきました。

 前回に引き続き超イケメンの福王和幸さんを見ることができたのもラッキーでした。席が脇正面だったので、定座に座っている間、ずっと真向かいにお顔や姿を拝見することができました。

 囃子方では、笛の杉市和さんが素晴らしい。この方が吹く笛はなぜか心に響きます。いつも聞き惚れてしまいます。

 この日は満席で、立ち見客もいました。
 みなさん、素晴らしい舞台で今年の観能納めをされたことでしょう。もちろん私もです。

能「江口」を見ました

 16日(土)、大槻能楽堂で能「江口」を見ました。

 法円坂の交差点から上町通りに入ると、もみじ並木の紅葉が見事です。

Photo


 12月も半ばだというのに、まだ紅葉が見られるのは不思議な気がしました。

 「江口」のあらすじを、当日配られた資料から紹介します。

 摂津天王寺への旅の途中、僧の一行(ワキ・ワキツレ)が江口の里を訪れる。里の者からここは「遊女・江口の君の旧跡」と聞き、昔、西行が宿を貸してくれなかった遊女に向けた歌「世の中を厭うまでこそ難からめ 仮の宿りを惜しむ君かな」を口ずさむ。すると、一人の女(シテ・里女)が現れる。

 「どうして西行の歌だけを詠んで、江口の君の返歌を口ずさまないのか」と里女は僧を咎める。僧と女の交わす言葉の中で、宿を断った江口の君は「僧だというなら、仮の宿に執着なさいますな」「この世への執着を捨てなさい」と和歌にのせたのだという故事が語られる。
 やがて女は、「実は私は江口の君の幽霊」と明かして消え失せる。

   中入

 間狂言が、書写山性空上人が「生身の普賢菩薩を拝みたいと願ったところ、江口の長に会うよう夢のお告げを受けた。そして、江口の遊女が普賢菩薩へ姿を変じたこと」を語る。(『十訓抄』)

 夜になり、僧たちが江口の君を弔っていると、月の澄み渡る川水に、江口の君(後シテ)と侍女たち(ツレ)が川舟に乗り、「遊女の川逍遥」の姿を現わす。
 江口の君は「紅花の春の朝」「朝の霜」と移ろう季節のさま、閨房の睦言、仏法を説きつつ舞を舞う(序の舞)。

 やがて遊女たちが乗っていた舟は白い象に変化し、普賢菩薩に変化した江口の君を乗せ、白雲とともに西の空へ消えていくのだった。


 長くなってしまいましたので、演者、感想については記事を改めます。

2017年12月17日 (日)

義母が老健施設に入所

    短日や老ひたる母の薄き眉


 ハイキングの日、4時ごろ家に帰ると、昼間、義母の体に異変があったそうで、夫がケアマネさんからの連絡を待っていました。

 義母は、もうすぐ卒寿。70代から患っている難病のせいで足の筋肉が弱り、義弟と二人暮らしの家で療養しています。ベッドで過ごす時間が多いのですが、壁や家具につかまってそろそろ歩くことはできて、トイレに行ったり、台所の冷蔵庫から欲しいものを取り出したりしていました。
 ところがこの日、ヘルパーさんが来たとき、背中の強い痛みを訴えて、部屋に置いているポータブルトイレを使うこともできなくなったらしいのです。

 ヘルパーさんがケアマネさんに相談して、行きつけの病院に連れて行ってくださり、検査を受けましたが骨折はしていないし、他にも異常はないとのこと。
 とはいえ家に一人きりにすることができないので、そのまま入院…となりかけたのですが、ベッドが空いておらず、いつもデイサービスを利用している老健施設に短期の入所をすることになりました。入所ができるかどうかの返事を、夫は待っていたのです。

 私が帰宅して1時間後に、「入れることになりました」との連絡あり。夫の運転で義母の様子を見に行くことにしました。
 車でおよそ1時間。義母は施設の食堂でご飯を食べていました。いろいろあって、昼ごはんを食べていなかったらしいのです。
 食後、義母のそばへ。家にいるとき家の中は昼も夜もそんなに明るくないし、まじまじと顔を見つめたこともないのですが、施設の食堂はとても明るい。見ると、髪も眉も薄く、色白の顔にいくつもシミが浮き出ています。「お母さん、年をとったなあ」と心の中でため息をつきました。

 こちらから何を聞いても、はっきりした答が返ってきません。耳の聞こえも、普段より悪いみたいで、何度も聞き返します。何だかぼうっとしているみたい。痛み止めの薬の副作用かもしれません。

 施設の担当者と契約書を交わし、とりあえず1週間は入所して、足のリハビリを受けることに。義母の家に行って着替えと毛布を車に積み、届けました。
 帰り道、いつも利用しているスポーツジムでお風呂に入り、帰宅したのは10時でした。
 幸い、私はハイキングで少しも疲れておらず、10時に帰りついたときもまったく疲れを感じませんでした。以前の私には考えられない元気さ。夫が「体力がついたね」と感心していました。

 背中の痛みが内臓の病気から来ていたりしないだろうかと気がかりでしたが、今のところ、それはなさそう。しばらく集中リハビリで足の筋力を鍛えて、自分でトイレが使えるようになってから家に帰ることになりました。
 お正月も施設で過ごすことになりそうなので、元日に、娘たちや孫を連れて面会に行く予定です。もちろんそれまでの間も、様子を見に行きます。
 
 義母の家へ衣類を取りに行ったときのこと。門から玄関ドアまでの3メートルほどの間、敷石沿いに植わっている鈴蘭の葉っぱが茶色く枯れたまま、放置してあります。義母が元気な頃は枯れてきたらすぐに切っていたでしょうし、病気がちになってからも息子たちに指図して切らせていたはず。初めて見る光景でした。

    鈴蘭の枯葉並びて母不在


 高齢になると、いつなんどきどんなことが起こるかわからないですね。

 

 

再度山(ふたたびさん)ハイキング

 12日(火)、神戸の再度山へハイキングに行きました。そらまめさんと、もう一人の友達と、3人連れです。
 寒波がやってきて、神戸の最高気温は6℃の予想。山はもっと寒いはずなので、しっかり着込んで行きました。なんと、6枚も。恥ずかしいので、友達にはナイショです。お天気は快晴。

    蒼天や六枚着込む冬ハイク


 新神戸駅の裏側から、いきなり急な山道が続きます。落ち葉が降り積もって足元が滑るので、一歩一歩、踏みしめながら歩きます。
 梢のあたりで鳥たちがさえずっていて、心を潤してくれます。春になれば、もっとたくさん聞こえるのだそうです。

    枯葉踏み登る山道鳥の声

 上り坂が続くと一気に体が温もり、どっと汗が出ます。ダウンウェアと毛糸の帽子を脱ぎました。でも、道が平坦になると、すぐにまた寒くなります。場所によっては冷たい風がびゅうびゅう吹き付けたりして、すごく寒い! いったん脱いだ帽子をリュックから取り出してかぶったら、それだけでも随分寒さしのぎになりました。

 途中、お寺があり、寒暖計が吊ってあったので見ると、2℃でした。寒いはずだわ。
 その後、しばらく歩いて、再度公園に到着。ここでお昼ご飯です。ダウンウェアをもう一度着て、暖かくしてからおにぎりを食べました。コンビニのおにぎりも、ハイキングで食べるとすごく美味しい! 冷え切って、冷たいおにぎりでしたが。

 帰りは別のルートで新神戸まで降りていきます。傾斜の厳しい道は少なく、市街地が近づくにつれてゆったり歩けるようになりました。上り坂では余裕がなくて写真も撮れず。帰り道でようやく、撮影ができました。

 渓流。水音を聞くと安らぎを覚えるのはなぜなんでしょう。

Photo

 

 布引貯水池。

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 滝がいくつもあります。小さな滝から

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 立派な滝まで。

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    滝落つる冬の真中を切り裂いて

 上の写真はそらまめさんが撮ったのをもらいました。

 今回も気分爽快。楽しかった!
 ハイキングは心身の健康に良いみたいで、便秘がちだったのに、翌日から快調です。締めくくりがビロウな話でスミマセン。。。

2017年12月 9日 (土)

冬薔薇

    一輪の我ここに在り冬薔薇(そうび)

 句会から数日経って、あの日は採らなかったこの句がしみじみと良い句だなあと感じられてきました。
 風格があり、イメージが鮮やかです。
 中七の「我ここに在り」、作ったご本人は「バラから受けた印象です」とおっしゃっていましたが、おのずから作者の想いがにじみ出ていると、私は受け取っています。

 講師の先生が選んだ特選3句の中の一つでした。先生は3つの句に順位をつけませんでしたが、この句がダントツで1位だったんじゃないかと、今は思っています。

 あの句会での最大の出会いはこの句だったんだ! と、今ごろになって気づきました。2年間受講してやめられた方の作でした。「この句、とても素敵だと思います」と伝えられなかったのが残念です。

 句会の場で初めて読んだ句をその場で評価するのって、難しいものです。私の場合、頭の回転が早いわけではないですし。じっくり時間をかけて、だんだんわかってくるのです。
 こんな句が作れたらいいな! 目標の一つにします。

 

2017年12月 7日 (木)

句会でした

 今日の午前中は「初めての俳句講座」の3回目。句会でした。
 出席者は講師の先生を含めて10人。ほかに、欠席だけれど作品だけ出した方が一人いたので、11人の参加になりました。全員、中高年の女性です。句は合計30句でした。

 私が投句したのは3句です。
    邪(よこしま)なこびとが喉(のど)に冬来(きた)る

    子猫らの眼(まなこ)空ろや秋すさぶ

    空中の庭にも雀つはの花

 このうち、上の2句にそれぞれ1票ずつもらいました。

 受講生の票がたくさん入った句は次の3つでした。

    ここに在る不思議を思う十二月

    長い影姉妹で踏み合う七五三

    聞き流す母の繰り言石蕗(つわ)の花

 一つ目は講師の先生の句でした。先生も投句するなんて、知らなかった! 私もこの句は選びました(3句選び、その中から1句を特選とします)。

 二つ目は候補に挙げていましたが、結局とりませんでした。着物を着せられ草履を履いた幼い女の子たちが「影を踏む」なんていう動作を本当にするのかな? と疑ってしまったからです。

 三つ目も候補に挙げていましたが、結局とりませんでした。「母の繰り言」があれば「聞き流す」は要らないような気がして。じゃあどうすればいいのかと聞かれるとわからないのですが。

 私が選んだのは上記の「ここに在る」のほか、次の2句です。

    山すべてすすき波打ち空は青

    小さき人訪れ去りて暮早し

 上の句は、晩秋かどうかがわからないのですが、調べも浮かび上がる情景も美しく、スケールが大きくて気に入ったのです。
 下の句は、前後の経緯や心の動きがよく分かって一種のドラマのよう。共感できるので選びました。下の句を特選としました。

 先生の特選3句

    とんび舞ひ蒼さひろげて冬の空

    キラキラリ水面に手を振る紅葉かな

    一輪の我ここに在り冬薔薇(そうび)

 3句目は私も一瞬いいなと思ったのですが、なんだか自我がむき出しな気がして、敬遠してしまいました。

 終わってから、5人で食事に。
 この講座を2年続けてきて今回でやめるという方に、「3つのうち2つに、1票ずつしか入りませんでした」と愚痴ると、「読む人の感性によるから。この講座はしょっちゅう人が入れ替わるから、違うメンバーになるとまた違う傾向の句が選ばれるかもしれないし。そんなことでがっかりしていたら続けられませんよ」と励まされました。

 なるほどねえ。
 私はこの講座の顔ぶれは誰にでも分かる言葉を使った平明な句が好きなんだなあ、その傾向に合う句を作らないといけないのかなあ、などと思ってしまっていましたが、そうではないようです。
 私は私らしい句作りを続けていくしかないんだなあ。
 と言うほど、「私らしさ」がつかめているわけでもないのですが。まだまだそんな段階ではないんですよね。

 

    
 

2017年12月 6日 (水)

句会は明日

 句会がいよいよ明日に迫りました。今日中に新しい句をいくつか作りたい! だけど、作ってから推敲をしないといけないので、あまりぎりぎりでは困るのです。

 3日(日)以後の句

    秋天や姿は見えず鵙(もず)の声

    葡萄酒の温もりしんと十二月

     ↑snowdropさんへのお返しです。

    息弾むジムにも忙(せわ)し聖歌かな

    テンキーを打つ手冷し冬来る

     ↑類想句が多そう。

2017年12月 4日 (月)

新聞の俳句投稿欄を読んで

 週に一度掲載される新聞の俳句読者投稿欄を読むのが楽しみになってきました。必ずいくつか、心に「!」マークが灯る作品があります。

 今日の私の特選は

   ひと眠りしに行く床屋冬隣   大野兼司

 でした。響きの柔らかい季語「冬隣」がぴったりの句!
 「床屋」という言葉遣いといい、全体の雰囲気といい、年配の方なんでしょうね。
 新聞を読む人も、俳句を作る人も高齢化しているそうですから、俳句欄に掲載されている句の作者は全体として年齢層が高いのかもしれません。
 そういう私も「高齢者」の一人ですけれども。

 ほかにも、季語の使い方や言葉の選び方、漢字表記とひらかな表記の使い分け、情景の切り取り方などの点で「いいな!」と思った句を挙げてみます。

    蔓どこも力を抜かぬままに枯れ   本間  清

    幸せの数がほどなり実南天     福本秀昭

    空港の広き硝子戸いわし雲     大西まりゑ

    青空に梯子立て掛け松手入     かじもと浩章

    来た道を引きかへすほど秋深し   黒木淳子

    行く秋や行者の滝もかくほそり    秋田幻草

    野分去りころがる蝉の殻一つ     林   梢

    つはぶきに静かな雨の似合いけり  岡村  実

2017年12月 2日 (土)

季語が難しい!

 「初めての俳句講座」の第3回、句会が来週に迫ってきたのに、課題の「晩秋から初冬にかけての季語を使った句」がなかなかできません。

 「凩や…」とか「…冬隣」とか、始終考えているのに、一向に浮かばないのです。先に季語を決める、というところに無理があるんでしょうね。

 最近詠んだ句 季語の季節はいろいろです。

   子猫らの眼(まなこ)空ろや冬近し

 ↑前に作った句。季語を変えてみました。

   寒雀竿に五羽おり食太し

   四時半の山なみ暗し冬隣

   空中の庭にも雀石蕗(つわ)の花

   秋晴れやミラーの奥へ並木道

   冬の蛾の逃げ行く箒掃ききれず

      行く秋や家族は二人皿捨てる

   小人らの帽子に似たり冬木蓮

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