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2018年2月

2018年2月24日 (土)

「宗一郎 能あそび」

 京都の有斐斎弘道館で「宗一郎 能あそび」というイベントに参加してきました。林宗一郎さんは観世流の能楽師で、39歳の実力派。この方がツレを務めて観世清和さんと舞った「松風」の美しさが脳裏から消えません。

 「宗一郎 能あそび」は五年前から始まったシリーズです。毎年、テーマを設定して、6回程度開かれます。以前、お囃子が取り上げられた時に参加したことがあります。ゲストが大倉源次郎さんで、実に興味深い内容でした。

 今年は能の作者を一人ずつ順に取り上げていくようです。ゲストはなし。昨日、私が参加したのは1回目で、観阿弥でした。
 宗一郎さんが観阿弥の出自、曲の特徴などをレクチャーされます。観阿弥の作品の一部を宗一郎さんの指導で参加者が声を揃えて謡ったりもしました。

 最後の30分余りを使って、宗一郎さんが観阿弥の作品「自然居士(じねんこじ)」を初めから最後まで通して謡われました。これが素晴らしかったです。
 私は今まで、能の謡には独特の抑揚があるけれど、それは型に沿ったもので、謡で感情表現がされることはないものと誤解していました。だから、詞章が聞き取れないと意味がわからず、何も理解できないという結果になってしまいがちだったのです。

 ところが宗一郎さんの謡を聞いていると、抑揚や声の調子によってシテの感情が表現されていることがたやすく理解できたのです。これには感動しました。実にわかりやすい。
 「能は難しいものではありません」とよく言われる言葉が、お題目ではなく、本当にそうなんだと納得がいきました。

 謡い終えた後の宗一郎さんのお話によると、実際に舞台で上演する時の3倍くらいの速度で謡ったのだそう。そこにもわかりやすく感じられたポイントがあったのかもしれません。
 松岡心平という研究者によると、室町時代に能が盛んに上演されていた頃、謡のスピードは現在の3倍くらいだったのだそうです。すごく速かったんですね。
 初めて観阿弥(そして世阿弥)の舞台を見た足利義満が感動して、以後、彼らの一座を贔屓にしたというのも、今の3倍のスピードだったと考えた方が、納得できる気がします。

 観阿弥の作品の特徴に、禅問答、芸尽くし、クセ舞というのがあるそうです。このうち禅問答については、「自然居士」でも自然居士と人買い商人とのやりとりの場面で行われます。人買い商人から少女を取り戻そうとする自然居士と、抵抗する商人との間に緊迫した言葉の応酬がなされるのです。

 このシーンが「禅問答」に当たるらしいです。でも、聞いていると自然居士の繰り出す言葉が機知に富んでとても面白く、漫才のような話芸のルーツを見るような思いがしました。能って、ひょっとすると、知られている以上にもっと多くの芸能の源泉だったのかもしれないなあと考えました。

 次回は4月20日(金)の夜、取り上げるのは世阿弥です。6時半〜8時という時間帯なので、帰宅が10時過ぎになってしまうのが少し困るのです。でもやっぱり興味を惹かれるので、参加するつもりです。

 帰りの地下鉄で見た光景から一句。

    桃の枝提げて電車へ会社員

 ついでに、今日読んだ句から二句。

    愛猫の昔語りや恋の夜

    二つ三つ芽吹かせて去る女神かな
 


2018年2月23日 (金)

まず1000句を目指す

 藤田湘子という高名な俳人がいます。残念ながら故人です。この人の名前を初めて知ったのは『俳句という愉しみ』(小林恭二著、岩波新書)でした。
 俳句に興味を持ち始め、でもまだ実作はしていなかった頃、旧友が勧めてくれたのです。『俳句という遊び』という本と連作です。
 この2冊で初めて知った俳人がたくさんいます。何よりも、この2冊を読んで、俳句の世界の奥深さにどーんと大きな衝撃を受けました。正直、「ぶったまげた」のでした。

 藤田湘子に話を戻しますと、この人には俳句関連の著書が多数あります。俳句にはまりだしてから、いろんな人が書いた俳句関連の本をずいぶん読みましたが、この人の著書が一番面白く、分かりやすく、実用的でした。
 「俳句は韻文であることを忘れてはいけない」「季語の持つ力を信じること」「はじめは頑ななまでに五・七・五の定型を守るべき」などなど、大事なポイントがいくつも記されていました。

 湘子の教えの中でもとりわけ今、やってみようと思っているのは、「多作を心がけること」です。とにかくどんどん作ること。1年で1000句だったかな? そんなペースで作っていくうちに、俳句というものがだんだんわかってくるのだそうです。
 
 いつでも俳句を書き留められるようにと、小さめのノートを買って持ち歩くようになり、初めて句を記したのは昨年の10月29日でした。そして一昨日、やっと250句を超えました。
 まだまだ俳句の作り方はよくわからないまま、手探り状態ですが、臆せずにせっせと作っていこうと思っています。

    三十年前の黄と青冬帽子

    初孫と友の笑む声水ぬるむ

    講堂も仮設なりけり卒業す
      (長女の卒業式を思い出して。震災の翌年でした。)

    雫(しずく)ぽたりおろし生姜や春浅し

    空色のスニーカー跳ぶ春日かな

    眠たげな月が見守る猫の恋

    春風に電線揺れる珈琲屋

    通販もSに冷たし春炬燵

    朝ごとの厠(かわや)掃除や春浅し

    炭うるはし訪(おとな)ひを待つ茶室かな

2018年2月20日 (火)

安ワインにもそれなりの

 用事で大阪に行き、ひと段落すると4時過ぎ。小腹が空いて、通りがかった小さなお店の「ビール&ワイン」という看板に惹かれて入りました。外から見たところ、女性客が4、5人いたので入りやすかったのです。

 カウンターに座ると、ウェイトレスさんが来て、「飲み放題コースになさいますか?」。グラスワインを2杯もいただけば十分、と思っていたので、「いえ、そんなには」と断りました。
 
 ところがメニューを見てみると、


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 飲み放題コースというのは、ワインは30種類から飲み放題。小皿料理を2皿(お通し)で380円。30分コースだと時間制限は30分で500円なのだそうです。
 どのみち長居をする気はないし、ハウスワインを2杯飲んで、小皿料理(タパス、アヒージョのたぐい)を2種類くらいオーダーすると、結局値段は同じくらいになり、ワインの選択肢が幅広い分だけ、「飲み放題コース」の方がお得なのだとか。
 そう聞いて、そちらに決めました。

 小皿料理はメニューの中からアボカドポテトとトマトジュレを選択。ワインは赤か白、甘口から辛口まで10段階に分類したものの中から赤の辛口寄りの6〜8あたりを、とお願いしました。

 運ばれてきたのはこちら。

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 左は見たことのあるラベルです。葡萄の品種は右がカベルネ・ソーヴィニョン、
左はピノ・ノワールらしい。左はチリ産で、右のは忘れました。
 普段、晩御飯にワインを飲むときに買ってくるような、1本1000円程度のお酒です。それなりに美味しい。

 でも飲んでいるうちに物足りなく感じられたので、一番辛口の9、10のワインを頼んだら、この3本が並びました。

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 オーストラリア、南アフリカ、そしてチリ産のワインです。飲み比べると少しずつ味が違います。ほどほどに美味しく、まあこの値段ならこんなものかな、というところ。

 グラスはいくつも用意してくれるので、次々に新しいグラスにワインを注ぎます。グラスに3分の1くらいでしたが、5種類飲んだらほろ酔い機嫌になりました。
 時間はまだ余っていたので、ウェイトレスさんが「もっとほかのをお出ししましょうか」と聞いてくれましたが、もう十分でした。これでお勘定は950円です。

 安くてもそこそこの味で、普段に飲むには十分。それなりに満足なのだけれど、そのクラスのワインばかり飲むと、飽きてしまい、もっと美味しいワインが飲みたくなってきました。

 40代の頃には(たいていは姉のおごりで)かなり高級なワインを何度も飲んだことがあるのです。産地や葡萄の品種によってそれぞれ異なる、個性的な香り、深い味わい。美味しかったなあ。
 安いワインを5種類も飲んだおかげで、かえって上等のワインが恋しくなってしまいました。そんな機会はなかなかないのですけれどね。


    安ワインにもそれなりの春の宵

 

2018年2月15日 (木)

サヨリ光れるカウンター

 夜、久しぶりに夫と二人でお鮨屋さんに行ってきました。高齢の職人さんが奥さんと二人で切り回しているこぢんまりしたお店です。

 魚の種類はそんなに豊富ではないのですが、どれを選んでも新鮮で美味しい。とりわけ、マグロは2カン250円という値段で中トロ級のうっとりするくらい美味しいのが食べられます。私はマグロが大好きなので、今日は2カン×3皿もいただいてしまいました。
 美味しい魚を食べて熱いお酒を飲み、夫や寿司職人さんとしゃべっていると、体の芯までぬくもります。
 締めに頂いた茶碗蒸しも、冷えた体を温めるのにうってつけでした。

 それはそれとして、今日の目玉はサヨリでした。すらりとした美しい姿、銀色に光る背。あっさりとしていて、しかも深い味わい。まるで早春の宝石です。

    光充つサヨリを盛りて外は寒

    熱燗とサヨリ一日(ひとひ)の疲れ吐く

    銀色に光れるサヨリ雨歌う

    喜寿迎え職人握るサヨリかな


 「サヨリ」は春の季語なので、1句目と2句目は「季重なり」です。
 こんな時、どうすればいいのかなあ。
 句がいつも説明ぽくなってしまうのもなんとかしたいです。

2018年2月12日 (月)

能「一角仙人」

 「一角仙人」のあらすじを当日のチラシから転載します(適宜、表記を変え、改行しています)。

  インド波羅那(はらな)国の傍らに、鹿の胎内より生まれ額に一本の角が生えている一角仙人という名の仙人がいました。

 ある時仙人は龍神を神通力で岩屋の内へ封じ込めてしまいます。すると雨が降らなくなり、困った帝は絶世の美人、旋陀夫人(せんだぶにん)を旅人に仕立て、偶然を装い仙境に送り込みます。

 はじめは追い返そうとする仙人でしたが、旋陀夫人の色香に迷い、酒を勧められ、旋陀夫人の舞に心奪われ舞い始めます。
 やがて酔いが回り仙人はそのまま眠ってしまいます。旋陀夫人は喜んで都に帰っていきます。

 すると神通力が解け、岩屋が鳴動し龍神たちが姿を現します。仙人は驚き騒ぎ剣を手に立ち向かいます。龍神たちが必死で応戦しますと仙人は力尽きてしまいます。龍神たちは喜び勇み雷電を天地に轟かせ大雨を降らせ、白波に乗り竜宮へ帰って行きます。

・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・

 前もってこのあらすじを読んだとき、歌舞伎の「鳴神」と同じ話だとわかりました。もちろん能が先行して、のちに歌舞伎化されたのです。
 「鳴神」は何度か見たことがあるので、比較しながら見ることができ、楽しめました。

 まず最初に作り物が三つも運び込まれることに驚きました。舞台の正面に一畳台。その上にやたらと大きな青い鐘のような形をしたものが置かれます。最後に引き回し幕で覆われた山がワキ座のあたりに置かれます。

 ワキ(帝の家来)が旋陀夫人を伴って登場し、庵を見つけます。庵からシテ(一角仙人)が現れます。黒っぽい地味な装束です。後見がワキ座の山の引き回し幕を下ろし、中からシテの登場となるのです。シテがワキ座に置かれた作り物から出てくるなんて、意外でした。

 旋陀夫人が美しく舞うと、一角仙人もつられるようにして舞い始めます。仙人は舞ったことがないので、旋陀夫人の真似をするようにして、少し遅れて、ややぎごちなく舞います。その様子がちょっと滑稽です。

 旋陀夫人はあっさりと退場してしまい、かと思うと正面の作り物がガバッと半分に割れて(桃太郎の桃みたいに)、二人の龍神が飛び出します。赤頭(あかがしら。歌舞伎の「連獅子」のような赤くて長い毛の被り物)に龍戴(りゅうだい。龍をかたどった飾りを頭に乗せる)。金をふんだんに使った豪華な装束です。

 仙人は老人で、しかも旋陀夫人によってパワーを失っているのに対して、龍神たちは若者のようで、元気いっぱい。激しい動きを見せます。斬り合いを繰り広げますが、案の定、仙人は負けてしまい、退場します。
 龍神たちが退場し、最後の一人が橋掛かりの幕のきわで留拍子を踏みます。

 わかりやすく、視覚的にも楽しめる曲でした。それにしても一角仙人、弱すぎ!
 歌舞伎では一角仙人は鳴神上人、旋陀夫人は雲絶間(くものたえま)姫という名前です。舞台奥の滝に龍神が閉じ込められているという設定で、雲絶間姫は鳴神上人が酒に酔って眠り込んだ隙に、滝に張り渡された結界のしめ飾りを切り落とします。
 すると龍神が解放されて空へ飛んでいくのですが、そのことは光と音で表現されます。
 能よりも雲絶間姫のしどころが多く、華やかさが盛り上がるのが特徴かもしれません。

 湊川神社の能楽堂へは久しぶりに行きました。能舞台の広さは一定だと思うのに、なぜか広く見えます。天井が高くて、暖房が効きにくいのか、足元が冷えました。スタッフの女性がひざ掛けを配っていたので、それを借りました。
 午後の公演だったので着物を着ようかなと考えていたのですが、ひどく寒く、少し風邪気味だったので断念しました。
 

湊川神社「神能殿勧進能」

 昨日の午後、神戸の湊川神社で「神能殿勧進能」を見ました。番組は次の通りです。

  舞囃子  「屋島」
  仕舞   七曲

 前日よく睡眠をとったのに睡魔に襲われて、ここまでは気持ち良く眠ってしまいました。

 休憩を挟んで、

  独鼓   「花筐(はながたみ)」
  仕舞   「邯鄲(かんたん)」
        「兼平(かねひら)」
        「半蔀(はじとみ)」
        「枕之段」
  舞囃子  「桜川」

 仕舞のうち、上の四曲だけ曲名を書いたのは、どれもまだ見たことのない曲なのに(「枕之段」は聴いているうちに見たことのある曲だとわかりましたが)、謡の内容が聴きとれて、描かれている場面がわかったからです。初心者の私にとって、こんなことは初めてです。

 「邯鄲」は、栄華を極めるという長い長い夢を見て目覚めた青年が、枕元の黄粱がまだ煮えないほどの短い時間だったことに気づくという中国の説話をもとにした曲です。
 舞台では見たことがないのですが、この故事は知っているので、謡の詞章から「あの話だ」とわかりました。

 「兼平」は、木曽義仲の家来のうち「四天王」と呼ばれた中の一人、今井兼平の最期を描いたもの。「平家物語」で読んだことがあり、記憶に残っていたので、謡の詞章から理解できました。

 「半蔀」は確か源氏物語の「夕顔」から採った話だったはず…と思っていたら、やはりそうでした。

 「枕之段」ってなに? と訝っていましたが、「葵上」で六条御息所の生霊が葵上の枕元に現れる場面だとすぐにわかりました。

 仕舞は、今まで聴いていても言葉が聞き取れず、見たことのない曲の場合、どんな場面なのか想像もできないうちに終わってしまうのが常でした。この四曲がわかったのがうれしくて、ささやかな進歩を喜びました。
 舞そのものはまだ上手下手さえもよくわかりません。それでも「かっこいいな」と思いながら楽しんでいます。

 休憩ののち、

  能   「一角仙人」

 シテを観世清和が演じ、この日一番の注目の舞台でした。
 これについては別に書きます。

 











2018年2月 7日 (水)

このごろの俳句

 「俳句講座」の次の句会は3月。その頃を想像した句と、今の時期の句と、両方を詠んでいます。  

    うららかや川べり走る青い靴

    菜の花や一万歩行く河川敷

    のどかさや門よりのぞく一輪車

    自転車の母子歌いつつ菫(すみれ)かな

    しぶき抑え滑る背泳二月かな

    沈丁花ピアノの稽古止みにけり

    手土産の抹茶ロールや寒椿

    冬麗(とうれい)やミントの味のチョコレート

    米粒の芽の並びたる雪柳

    ひとときの冬日タオルを裏返す 

面白かったドラマ

 お正月以降に見たドラマで面白かった作品。

「風雲児たち〜蘭学革命篇」 NHK
  江戸時代、『ターヘルアナトミア』をオランダ語から日本語に翻訳したのは前野良沢だったのに、出版された訳書『解体新書』には彼の名前は記されず、杉田玄白だけが名声をほしいままにしました。そこにはどんないきさつや葛藤があったのか。元旦に放送された、1回きりの作品です。見応えたっぷりでした。
 脚本は三谷幸喜。原作はマンガらしいです。

 三谷幸喜は「古畑任三郎」シリーズ(懐かしい!)から気に入った脚本家です。でも、一時、スランプに陥ったのか、ちっとも面白くない作品が続き、「もう三谷幸喜には期待しない!」と思ったこともありました。
 大河ドラマ「真田丸」は一度も見ずじまいですが、このところ好調のようです。

「逃げるは恥だが役に立つ」 TBS
 飛び飛びにしか見ていなかったこのドラマが年明けにまとめて再放送されたので、録画して1月末に見ました。
 お見事というしかない! 感動しました。女性を取り巻くいろんなマイナス要素を思いがけない切り口でバサバサと切ったり、柔らかく包み込んだり。笑えるシーンと、ぐっとくるセリフが満載でした。

 脚本は野木亜紀子。あの「重版出来!」を書いていた人だそうです。今、この人の「アンナチュラル」を毎回楽しみに見ています。
 このドラマも原作はマンガだとか。この頃のマンガって、質が高いんですねえ。

「女子的生活」 NHK
 4回きりの連続ドラマで、もう終わってしまいました。主人公を演じた志尊淳を始め、登場人物のキャラクターや俳優さんの演技が魅力的でした。
 この作品の原作は小説だそうです。

 このドラマを見ていた頃に作った句

    毒のある言葉吐きたし寒椿

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