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2018年7月 9日 (月)

和ろうそく能「敦盛」を見ました

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 土曜の夜、西宮能楽堂で能「敦盛」を見ました。正確に記しますと、「和ろうそく能」〜陰翳礼讃十六歳の最期〜半能『敦盛』」です。

 会場に入ると、舞台を囲むようにして5カ所に、燭台に据えた和ろうそくが準備されていました。火はまだ灯されておらず、蛍光灯の照明です。
 通常、この能楽堂での開演は昼間の2時なのですが、今回と次回は夜の7時なのです。
 プログラムはまず、梅若基徳さんによる解説から始まりました。ちょうど七夕の日でしたので、七夕の風習についてのお話から始まり、能で源氏と平家を演じる時の扇の違い、装束の違い、面の違いについて語られました。

 さらに、信長が好んだことで有名な
「人生五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」
という詞章について。
 能「敦盛」の謡の一部だと思っている人が多いのですが、実は当時流行していた幸若(こうわか)舞の「敦盛」なのだそうです。
 しかも「人生」ではなく、「人間(じんかん)」。
 天界には六つの層があり、その一番下が「下天」なのだとか。その「下天」でさえ、人の世の50年は下天の1日にしか当たらないのだそうです。それほどまでに、人の世の時の移ろいは早く、虚しいものだという意味なのです。
 「人生五十年」という言葉は、当時の寿命がおよそ50年くらいだったから、と誤解されていますが、寿命の話ではないのだそうです。


 次にワークショップです。
 能楽師の上野朝彦さんが「敦盛」のクライマックス部分の謡を観客をリードして稽古してくださいます。そして、その部分を実際に舞って見せます。
 シテの敦盛は、敦盛自身を演じるのはもちろんですが、自分を殺そうとして斬りかかる熊谷直実も演じるんです! のちに出家して蓮生(れんしょう)と名乗っている僧がワキを演じていて、ワキ座にいるのに!
 こんな風に視点が自在に変わるところが能の面白いところでもあり、わかりにくいところでもある、とおっしゃっていました。
 このお話を聞いていなかったら、後で拝見した敦盛の舞は意味不明に終わってしまっただろうと思います。

 続いて、櫨(はぜ)という植物百パーセントの和ろうそくを作り続けている会社の方が和ろうそくについて、説明をされました。
 パラフィン(石油を原料とするもの)を混ぜればいくらでも安く作れるが、炎の安定性、美しさ、安全性、自然への優しさなど、どの点をとっても櫨だけで作った和ろうそくには叶わないとのこと。実際に、2種類の和ろうそくを灯して、その違いを見せてくださり、その差が一目瞭然でわかりました。
 ここでやっと能が始まります。
 長くなってしまいましたので、次の記事に改めます。
 

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コメント

こんばんは。
和ろうそくの炎って、長く伸びるのですよね。
このロウソク立てに立てて演じるのですか…雰囲気ありますねえ。
たとえ能楽堂内でも、やはり夜に演じるのがいいのでしょうね。

『平家物語』の敦盛最期を読み返してほれぼれしました。
「取って押さえて首をかかんと甲を押し仰のけて見ければ、年十六七ばかりなるが、薄化粧して、かねぐろなり。我子の小次郎が齢(よわい)程にて、容顔まことに美麗なりければ、いずくに刀を立つべしともおぼえず。」(現代仮名遣いと漢字です)

snowdropさん、
私の手抜きなところを補ってくださって、ありがとうございます。
「平家物語」の文章、いいですねえ!
語りの文学ならではのリズム感、描写力。
高校の古典の教科書で初めてその一部を読んだときから、
声を出して読むのが快感でした。

和ろうそく能、趣が素晴らしいです。
室町時代や安土桃山時代、江戸時代も、
日が暮れてからはろうそくの灯で演能を続けたのでしょうか。
死者がどこからともなく現れて、また消えて行く。
和ろうそくのあかりだと、自然なことのように感じられました。

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