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2018年8月

2018年8月28日 (火)

素人義太夫発表会が近づく

 私は六代豊竹呂大夫師匠に師事して、素人弟子として義太夫を習っています。習い始めたのは、つい先日のように思うのに、もう入門8年目になりました。
 毎年8月末の土曜日に開かれる発表会が、今年は会場の都合で9月2日(日)になりました。総勢41名が参加します。

 文楽好きがこうじて義太夫のお稽古を始めたものの、私は声域が狭くて高い声が出せません。声量もありませんでした。
 それで、義太夫を習い始めてから半年後、ヴォイストレーニングのレッスンを週1回のペースで受けるようになりました。このレッスンのおかげで声量(肺活量)は格段に増え、声もほんの少しですが前よりは高いところまで出せるようになりました。

 ところが一昨年の秋から昨年の春にかけて、しつこく続く咳に悩まされ、ヴォイストレーニングができなくなってしまいました。治ってからも、復帰しなかったので、2年近く、ヴォイストレーニングから遠ざかっています。
 昨年の発表会ではまだそれほどにも思いませんでしたが、今年は格段に声量が落ちたのを実感しています。それに、高い声はやっぱり出ないです。

 こんな状態でも発表会はどんどん近づいてくるので、先月からお稽古に必死でした。わずか6分余り語るだけなのですが、詞章と曲節を正確に覚えなくてはなりません。その上、複数の登場人物の感情を表現して、語り分けなければならないのです。

 今まで、先輩のお弟子さんの語りはそれなりに義太夫らしい感じがするのに、私のはちっともそんな風に聞こえない。なんでだろう? と思っていましたが、そこには音(オン)とか息(いき)など、独特の技術があるのです。
 こういうのも、一つ一つ手探りでつかんで行くしかなく、上達は困難を極めます(師匠は指導してくださいますが、弟子の私の方にそれを理解する力が不足しています)。

 そんなこんなであがきにあがいています。この数日、無理に高い声を出して稽古をしていたら
喉がヒリヒリしてきました。これはいかん! 無理な発声で少しのどを痛めてしまったようです。それで今日は小さめの声で稽古しています。

 ものすごく難しくて大変なのに、義太夫は楽しい。去年あたりから、本気でそう思えるようになってきました。
 本番は能楽堂の舞台で語ります。能楽堂は声がよく響くので助かります。毎年緊張して、思わぬミスをしてしまうこともありがち。落ち着いて、師匠の教えをきちんと守り、正確に語ることを目指しています。


2018年8月18日 (土)

能「盛久」を見ました

 

 久しぶりに大阪の大槻能楽堂に足を運び、能「盛久」を見て来ました。
 受付で配られた資料から、あらすじを紹介します(一部、省略したり書き換えたりしています)。

 壇ノ浦の合戦後、源氏方の土屋三郎に捕縛された平盛久は、都から鎌倉へ護送される。日頃より篤く信仰する清水の観音で別れの参拝をさせてもらった後、花盛りの都に名残を惜しみつつ輿(こし)に乗せられて東海道を下っていく(桂注:この部分が「東下り」。名所を辿っていく詞章がとても美しく、盛久の心情が表現されます)。

 鎌倉に着き、いよいよ明日、処刑と知らされた盛久は、それまでの時間、「観音経」を読誦し、土屋も聴聞する。王命に背いて処刑されようとしても、観音菩薩を信じて念ずれば、その者を斬ろうとする剣はきれぎれに折れてしまう、という観音菩薩の霊験を聞き、土屋は盛久の命運に期待を抱く。
 盛久自身はもとより死の覚悟を決めていたが、まどろむ間に不思議な夢をみる。

 明け方、由比ヶ浜の刑場へ引き出された盛久は清水寺の方角へ向かい、観音の御名を唱える。
 処刑人が刀を振り上げたその時、経巻から光が出て目がくらみ、取り落とした刀は二つに折れてきれぎれになっていた。「観音経」の経文どおりの奇蹟が起きたのだった。

 頼朝の前に召された盛久が、清水の老僧が身代わりを申し出た夢の話をすると、頼朝も同じ夢を見たと言う。盛久は赦され、頼朝の所望に応えて喜びの舞を舞う。

・・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・

 主な出演者は次のとおりです。
  シテ(盛久)    野村四郎
  ワキ(土屋三郎)   福王茂十郎

  大鼓   白坂保行
  小鼓   曽和鼓堂
  笛     杉 市和

 簡単にまとめれば、観音を篤く信仰していた武士が、観音菩薩の霊験によって死刑になるその瞬間に救われるというお話。その信仰の内容に共感するわけではないのですが、盛久のひたむきな心が終始伝わって来て、何も違和感を覚えず、心地よく最後まで見ることができました。

 シテは生きている人物なので直面(ひためん。面をつけないこと)なのですが、野村四郎さんは高齢で味わいのあるお顔をなさっているので、ぴったりでした。
 囃子方のボリュームがちょうど良く、シテの謡と地謡の両方がよく聞き取れ、意味がわかりました。盛久が見ているものがイメージできたことが、何よりよかったです。
 始まってすぐからこの曲の世界に入って行くことができ、盛久と一緒に東下りの旅をし、死の直前から生へと生還する展開を共に経験したような気持ちになれました。

 作者は世阿弥の長男、元雅。この人は30代半ばで亡くなっています。時の将軍、足利義教に暗殺されたと言われています。
 元雅自身には自分が若くして死を迎えることを予感していたような節があり、彼の残した作品には死の影がつきまとっています。
 「隅田川」「弱法師(よろぼし)」「歌占」「吉野山」のほか、「朝長」「維盛」「経盛」も元雅の作品だろうと言われています。

 「隅田川」はとても有名な作品ですが、私はいまだに見る勇気が持てません。我が子が誘拐され、やっと手がかりがつかめたと思ったらすでに病死していたなんていう話、母も子もかわいそう過ぎて、とても見ていられない気がするのです。
 「弱法師」と「朝長」はぜひ一度鑑賞したいと思っています。


2018年8月17日 (金)

「まつやま俳句ポスト」で「人」に選ばれました

 まつやま俳句ポスト、前回の兼題「夏草」では「並選」にやっと入れていただきました。6月28日締め切りの兼題「踊」で、今度は「人」に選んでいただきました。

   輪に一人キレ良き踊太り肉(ふとりじし)    桂

 今回の投句者は1274名、合計6199句。「人」に選ばれている句は483ありました。

 季語の「踊」は盆踊りのことで、亡くなった人を思い出し悼む、盆踊り本来の意味合いが込められているようです。わたしの句にはそういうニュアンスはまったくありませんが。
 盆踊りって、子どもの頃の遠い思い出です。最近は近くの小学校で開かれている盆踊りの参加者が増えて来ているのだとか。今年は今日と明日が開催日。今夜、行ってみようかな。

 「夏草」「踊」と投句して来ましたが、その次の兼題は「稗(ひえ)」。作ったことも作っているのを見たこともなく、一度や二度は食べたことがあるはずですが味をよく覚えていないし、形状すらはっきり知りません。なので、作れませんでした。

 その次の兼題は「無月」。中秋の名月の夜、雲が覆って月が見えない状態を指すんだそうです。
 こんな言葉があることも知らなかった! なんとか一句でも詠めないものかと、苦戦中です。



初めて見た「大塔宮曦袂」

 文楽夏休み公演の第2部で見たもう一つの演目は「大塔宮曦袂(おおとうのみや あさひのたもと」です。大作ですが、今回はそのうち「六波羅館の段」と「身替り音頭の段」が上演されました。
 この演目は長く上演が途絶えていたのを、昨年、東京公演で復活上演されたという話を耳にしていました。なので、タイトルは覚えていましたが、見るのは初めてでした。

 「身替り音頭の段」が見どころです。幼い子どもたちが10人ほど、浴衣かな? お揃いの夏の着物を着て、頭に飾り灯籠を乗せ、大きな輪になり、盆踊りの歌(よく聞くと宗教的な悲しい意味合いの歌でした)に合わせて緩やかに踊ります。その様子が幻想的で美しい。しかも、緊張感をはらんでいるのです。

 というのは、この中に若君が入っており、老年の武士が若君の命を狙っているからです。若君を殺させまいとする夫婦は身代わりとして、我が子の鶴千代を紛れ込ませていて、武士に鶴千代を殺すよう仕掛けます。

 子どもの人形のうち、役割のある人形は三人遣いで、それ以外は一人遣いです。ゆっくりと回りながら踊っている人形をよく見ると、三人遣いの人形が三体いる! 

 若君と鶴千代、もう一人はいったい誰なのでしょうか。
 ネタバレになってしまいますので、これ以上は書きません。ただ、この演目でも最後の場面では泣いてしまったことを記すに止めます。

 ウィキペディアによると、享保8年(1723)、竹本座で初演。作者は初代竹田出雲と松田和吉の合作で、近松門左衛門が添削したそうです。
 竹田出雲は竹本義太夫(「義太夫節」の始祖。近松と協力して人形浄瑠璃を隆盛させた人物)の後継者で、「大塔宮曦袂」は最初の作品なんですって。 
 「太平記」を題材とし、後醍醐天皇の皇子、大塔宮護良親王の事績を脚色しています。大きく扱われているのは六波羅の老武士、斎藤太郎左衛門です。

 ウィキにはストーリー全体のあらましが書かれています。ずいぶん長大な作品で、登場人物の性格や考え方も入り組んでいます。その中でも「身替り音頭の段」が飛び抜けてドラマチックで詩的情緒もあり、見ていても美しいので、人気が高いらしいです。
 今回のチラシには山村流の家元、山村友五郎が振付を担当したと記されていました。

 「身替り音頭」の「中」は小住太夫、「奥」は千歳太夫が語りました。小住太夫は若手なのにどんどん頭角を表しているようです。声の質が良く、声量豊かな太夫さんです。千歳さんは、前はあまり好きな太夫さんではなかったのですが、最近は好感が持てるようになって来ました。

 今回の公演から、これまで1階にあった「文楽茶寮」というレストランや2階ロビーの売店がなくなってしまいました。1階の抹茶と和菓子を提供するコーナーも閉まっていました。
 経営的に引き合わないのでしょうか。飲み物の自販機しか置いていないのは寂しいです。

 終演後、ロビーで先日の大雨で被災した方々への救援募金を集めていました。何人もの技芸員さんが並ぶ中、和生さんがお姫様の人形を持って募金箱のそばに立っておられたので、募金をした後、人形の手と握手させてもらい、ツーショットの写真まで撮っていただきました!
 募金をしてトクをした気分になりました。

 

2018年8月13日 (月)

清治さんの三味線に涙…「卅三間堂棟木由来」

 もう終わってしまった文楽の「夏休み特別公演」。今日になって、やっと感想を書く時間と意欲ができました。

 私が見たのは第2部の「名作劇場」。演目は「卅三間堂棟木由来(さんじゅうさんげんどう むなぎのゆらい」と、「大塔宮曦鎧(おおとうのみや あさひのよろい」の二つです。どちらも見応えがあって、いつまでも記憶に残りそうな舞台でした。

 まず「卅三間堂棟木由来」から。「文楽ハンドブック」(三省堂)の記事を参考にして、あらすじを書いてみます。

 昔、紀州の山中に枝を交わして夫婦となった梛(なぎ)と柳の木がありました。梛の木は人間に生まれ変わって平太郎という男性になります。平太郎は前世の経緯を覚えていません。
 柳の精はお柳という名前の女性に扮し、二人は現世でも結ばれます。二人の間にはみどり丸という男の子が生まれ、穏やかに幸せに暮らしていました。

 ところが時の権力者、白河法皇がひどい頭痛に悩まされ、治すには京都に卅三間堂を建立しなければいけないことになります。しかも、その棟木にはお柳の木、つまり紀州の山中にある柳の古木を使わなければいけないのです。

 柳に斧が入れられるとお柳は苦しみ、息も絶え絶えに平太郎に二人の前世からの結びつき、自分が柳の精であること、その柳が今伐られようとしていて、都へ運ばれていくことを語ります。やがてお柳は姿を消します。

 山中では柳は伐られ、人足たちが「木遣音頭」を歌いながら引いていこうとするのですが、柳の木は夫や子どもとの別れを惜しんでか、少しも動きません。
 そこへ平太郎とみどり丸が駆けつけます。平太郎が「木遣音頭」を歌い、みどり丸が先導すると、柳の木は動き出し、運ばれて行くのでした。

・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・

 本当を言うと、白河法皇と夫婦の間には前世からの因縁があるのですが、長くなるのではしょりました。
 また今回の上演では今まで見たことのない場面が入っていました。平太郎の母が悪者に殺されるのです。「卅三間堂棟木由来」はこれまでに何度か見たことがありますが、こんな場面を見たのは初めてのような気がします。

 私にとってはこのお芝居、木遣音頭が一番の聴きどころなのです。はじめ、人足たちが1番と2番を歌い、クライマックスで平太郎が3番を歌います。木遣音頭は一種の労働歌と言うのでしょうか、民謡です。

 十数年前のことですが、当時切り場語りの一人で、まだ人間国宝にはなっておられなかった嶋太夫さんがこの場面を語られたのです。その時の木遣音頭の素晴らしかったこと! 感動して、涙が出ました。
 言葉で表現するのは難しいですが、1番、2番では民謡らしいおおらかさ、のどかさ、土地に生きる人々のたくましさなどが表現されているように思いました。嶋太夫さんは少ししわがれた渋い声の持ち主でしたので、それがますます味わいを深くしていました。

 3番は、平太郎とみどり丸のお柳への愛情と別れの悲しさがこもっている上に、何か人生や人間の切なさすら感じられ、ここで私は泣いてしまったのです。

 嶋太夫さんの引退後、津駒太夫さんの木遣を聞きましたが、どうも物足りない。そして今回は呂勢太夫さんでした。…これをやるにはまだ若過ぎるなあ、というのが正直な感想です。

 それでがっかりしたかと言うと、そうではないのです。清治さんの三味線が絶妙な演奏だったからです。
 民謡ですから、旋律はシンプルです。それを清治さんは一本の糸だけにバチを当てるという簡素な方法で弾きました。
 その響きはとても素朴なのですが、一音一音に哀切さや温もりが感じられ、音の一つひとつが宝石のように感じられました。清治さん、さすがです!
 今までは太夫の語りにばかり注目していて、三味線を誰が弾いて、どんな演奏をしていたのか、少しも覚えていませんでした。
 嶋太夫と清治さん、二人の木遣音頭の共通点は滋味でした。

 この清治さんの三味線を聴いただけで、暑い中、文楽劇場まで足を運んだ甲斐があったと思いました。
 長くなりましたので、「大塔宮曦鎧」については、記事を改めます。



2018年8月 6日 (月)

今になって気づいた「三段切れ」

 まつやま俳句ポストで「並選」に入れていただいた句


    雨戸繰る老母不在や夏の草


 これって「三段切れ」やん! 今頃になって気づきました。

 例えば拙句

    芍薬や玻璃の器の大吟醸

 の場合、上五は切れ字「や」で切れていますが、中七から下五へはつながっています。そのおかげで読んだときの心地よさが生まれていると思います。

 ところが「雨戸」の句は、雨戸を繰っているのは老母ではないので、「雨戸繰る」でいったん切れています。「老母不在や」は切れ字「や」で切れています。そして下五は当然切れますから、三ヵ所でぶつぶつと言葉が中断してしまい、調べが整っていないのです。
 これを「三段切れ」と言い、初心者がやってしまいがちなミスの一つです。

    雨戸繰る老母不在の夏の草

 とすればよかったのです。
 今ごろ気づくなんて! この句をよく「並選」に入れてくださったものです。
 まだまだ基本ができていないのでした。

2018年8月 5日 (日)

「まつやま俳句ポスト」で入選

 夏井いつきさんが主宰なさっているネット句会「まつやま俳句ポスト」にも初めて投句してみました。こちらは兼題が決まっているので、初心者には敷居が高かったのです。
 でも、6月の兼題が「夏草」で、これなら詠めそうだと思い、何句か作って初投稿してみました。

 先日、その発表を見ましたら、数多い「並選」の中にやっと私の句を見つけることができました。

    雨戸繰る老母不在や夏の草     桂

 なーんだ、並選かあと、がっかりしたのですが…。

 今回、1355人が合計7159句を投句したのですって。この数字は史上最大だそうです。
 この中から、天1句、地9句、人約600句(あまりに多すぎて、数えているうちによくわからなくなってしまいました)、そして並選が約600句選ばれています。

 計算してみると、並選に選ばれる確率はわずか0.09%です。そう考えると、喜んでいいみたいです。
 でも、並選リストに載っている句を読むと、どれも私にはみるからに初心者の句に思えました。ということは、私の句もそのレベルだということですよね。

 「夏草」に続いて、「踊」という兼題にも投句しました。結果は我ながらあまり期待できない気がしています。

 「天」に選ばれる確率は0.0001%、「地」は0.001%。ぜひその中に入ってみたいです。
 と、大きなことを言いながら、私なりの俳句のスタイルと言ったようなものが、いまだにさっぱりわかりません。どんな句がいいのかも、あんまりよくわからない状態が続いています。

 夏井いつきさんは自分ですべての句に目を通して、選考なさるんですって。大変な作業ですよね。ブログを拝見すると咳がなかなか治らず困っておられるようです。
 この方のおかげで俳句愛好者の裾野は一挙に広がったと思います。ぜひともお体を大事になさって、活躍を続けていただきたいです。





愚陀仏庵ネット俳句会で初めての「秀逸」

 これまで2度投句して2度とも入選70句の中に選んでいただいた「愚陀仏庵インターネット俳句会」、6月投句分の結果が8月1日に発表されました。3度目の投句で初めて「秀逸」に選んでいただきました。うれしい!!!


    Iの字もJの字もあり胡瓜生る

 読みにくいかもしれませんが、最初のアルファベットはアイです。「生る」は「なる」と読みます。
 このネット句会では毎月特選10句、秀逸20句、入選70句が選ばれます。兼題は自由です。なので、初心者には投句しやすいです。

 それにしても、「秀逸」のリストの中に上の句を見つけたときは驚きました。うれしい反面、正直言って「えーー、こんな句でいいの?」と思ってしまいました。
 今年初めて庭に胡瓜の苗を植え、実がなった時の新鮮な驚きや喜びが入っているのは確かですけれども。
 どんな句が評価され、どんな句が評価されないのか、ちっともわかりません。

 なーんて、「秀逸」に選んでいただいたのに不平を言っているようで図々しいですよね。ここは素直に喜んでおきましょう。そして次回は是非とも「特選」を目指したいです。

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