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2018年8月17日 (金)

初めて見た「大塔宮曦袂」

 文楽夏休み公演の第2部で見たもう一つの演目は「大塔宮曦袂(おおとうのみや あさひのたもと」です。大作ですが、今回はそのうち「六波羅館の段」と「身替り音頭の段」が上演されました。
 この演目は長く上演が途絶えていたのを、昨年、東京公演で復活上演されたという話を耳にしていました。なので、タイトルは覚えていましたが、見るのは初めてでした。

 「身替り音頭の段」が見どころです。幼い子どもたちが10人ほど、浴衣かな? お揃いの夏の着物を着て、頭に飾り灯籠を乗せ、大きな輪になり、盆踊りの歌(よく聞くと宗教的な悲しい意味合いの歌でした)に合わせて緩やかに踊ります。その様子が幻想的で美しい。しかも、緊張感をはらんでいるのです。

 というのは、この中に若君が入っており、老年の武士が若君の命を狙っているからです。若君を殺させまいとする夫婦は身代わりとして、我が子の鶴千代を紛れ込ませていて、武士に鶴千代を殺すよう仕掛けます。

 子どもの人形のうち、役割のある人形は三人遣いで、それ以外は一人遣いです。ゆっくりと回りながら踊っている人形をよく見ると、三人遣いの人形が三体いる! 

 若君と鶴千代、もう一人はいったい誰なのでしょうか。
 ネタバレになってしまいますので、これ以上は書きません。ただ、この演目でも最後の場面では泣いてしまったことを記すに止めます。

 ウィキペディアによると、享保8年(1723)、竹本座で初演。作者は初代竹田出雲と松田和吉の合作で、近松門左衛門が添削したそうです。
 竹田出雲は竹本義太夫(「義太夫節」の始祖。近松と協力して人形浄瑠璃を隆盛させた人物)の後継者で、「大塔宮曦袂」は最初の作品なんですって。 
 「太平記」を題材とし、後醍醐天皇の皇子、大塔宮護良親王の事績を脚色しています。大きく扱われているのは六波羅の老武士、斎藤太郎左衛門です。

 ウィキにはストーリー全体のあらましが書かれています。ずいぶん長大な作品で、登場人物の性格や考え方も入り組んでいます。その中でも「身替り音頭の段」が飛び抜けてドラマチックで詩的情緒もあり、見ていても美しいので、人気が高いらしいです。
 今回のチラシには山村流の家元、山村友五郎が振付を担当したと記されていました。

 「身替り音頭」の「中」は小住太夫、「奥」は千歳太夫が語りました。小住太夫は若手なのにどんどん頭角を表しているようです。声の質が良く、声量豊かな太夫さんです。千歳さんは、前はあまり好きな太夫さんではなかったのですが、最近は好感が持てるようになって来ました。

 今回の公演から、これまで1階にあった「文楽茶寮」というレストランや2階ロビーの売店がなくなってしまいました。1階の抹茶と和菓子を提供するコーナーも閉まっていました。
 経営的に引き合わないのでしょうか。飲み物の自販機しか置いていないのは寂しいです。

 終演後、ロビーで先日の大雨で被災した方々への救援募金を集めていました。何人もの技芸員さんが並ぶ中、和生さんがお姫様の人形を持って募金箱のそばに立っておられたので、募金をした後、人形の手と握手させてもらい、ツーショットの写真まで撮っていただきました!
 募金をしてトクをした気分になりました。

 

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