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カテゴリー「能・狂言」の記事

2018年5月 7日 (月)

西宮能楽堂で半能「田村」

 子どもの日に初めて西宮能楽堂に行きました。昨年12月に完成したばかりの施設です。
 清々しい白木の造り。

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 向かって右側の壁に文字がプロジェクターで映し出されています。上演中はここに謡の詞章が表示されました。
 「能楽堂にも文楽劇場のような詞章を表示する電光掲示板があればいいのに」と前から思っていましたが、従来の能楽堂には似つかわしくないなあという気持ちもありました。ここではそれが違和感なく実現していました!
 
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 外光を取り入れているので、今までの能楽堂のイメージを一新するほど、内部は明るいです。
 客席は80ほど。満席でした。

 この能楽堂では能を初心者にもわかりやすく楽しんでもらうことを第一の目標にしているようです。プログラムにもその意図が現れています。

  解説      梅若基徳

  囃子ワークショップ「指揮者がいない日本の楽器」

  「田村」 謡のワークショップ     梅若基徳

  マンガ紙芝居              絵・渡辺睦子

 梅若さん(この方が中心になってこの能楽堂を運営しているようです)は、「端午」の意味、尚武と菖蒲の結びつき、なぜ男の子の節句になったのか、なぜ柏餅を食べたり鯉のぼりを上げたりするのかなど、わかりやすくお話をされました。
 柏餅、柏手など、なぜ柏が珍重されるのかというと、新芽が出るまで古い葉が落ちないからだそうです。家が衰えない、親子のつながりが続いていくめでたいものとされたようです。

 また、坂上田村麻呂は渡来人、つまり朝鮮半島から渡ってきた人なのだそうです。大陸の文化を積極的に取り入れ(それを消化して日本独自の文化を築き上げるのですが)、外国人を招き入れて手厚くもてなし、適材適所に配置して能力を発揮してもらっていたのです。
 能楽のそもそものルーツとされる秦河勝も渡来人でした。

 お囃子のワークショップは、笛、小鼓、大鼓の奏者の方々(若い人ばかりでした)がそれぞれ、楽器の特徴を説明しました。
 笛は唯一の旋律楽器ですが強く吹くことが求められるので、打楽器的な演奏です、という説明が印象的でした。
 ちなみに、同じ音が鳴る笛というものは二つとないのだそうです。

 3つの楽器の中では大鼓が主導しているのだそうです。
 中国の陰陽思想が反映していて、小鼓は陰、大鼓は陽だというのも初めて聞いた話でした。小鼓は馬のお腹の柔らかい皮を使い、大鼓は背中やお尻の硬い皮を用いるのだそうです。

 用い方が真逆(小鼓は乾燥を嫌い、常に湿気を与えて、紐を締めたり緩めたりして音程を変えて打ちます。大鼓は湿気を嫌い、炭火で乾燥させて、紐を強く締め上げた状態で打ちます)なので、小鼓の皮は100年以上保ちますが、大鼓は半年くらいで破れてくるとのことでした。

 謡のワークショップでは、梅若基徳さんがリードして、「田村」のサビというのでしょうか、一番華々しい部分をお客さん全員で謡いました。その後、梅若さんは舞台でその部分を舞い、舞の動作を説明しました。
 シテは田村麻呂を演じるだけではなく、敵方の動きも演じるんですね! 説明を聞きながら舞を拝見すると、とてもわかりやすくて興味深かったです。
 マンガ紙芝居は現代的な感覚の絵でユーモラスにストーリーを解説していました。


 この後、半能「田村」が上演されました。

 「田村」とは、先にも書いた坂上田村麻呂のこと。東国の僧が清水寺で桜を楽しみ、創建の縁起物語を聞きます。夜、桜の木陰で経を読んでいると武将姿の田村麻呂の霊が現れます。
 鈴鹿山の賊を討伐するため軍を進めたが、数の上で敵方ははるかに優っていました。そのとき千手観世音が出現し、千の手に弓をつがえて矢を射たので、敵をことごとく滅ぼすことができました。

 「屋島」「箙(えびら)」とともに「勝修羅」と分類される作品で、いわゆる「修羅能」とは全く異なった明るくて陽の気に満ちた曲です。

 演者は次の通りです。
  坂上田村麻呂  梅若雄一郎(基徳さんの子息)
  旅僧        福王知登

  大鼓        山本寿弥
  小鼓        上田敦史
  笛          貞光智宣

  後見        梅若基徳
             梅若猶義

  地謡        笠田祐樹、上田大介、今村哲朗

 
 ほとんどが若い方ばかり。シテの出のとき、何か中心が定まりきっていないような、形にわずかな乱れがあるような印象を受けました。舞も、ときどき形が決まっていないように感じられるところがありました。
 でも、それ以外は素晴らしかったです。どの演者からも若い人ならではの力強くて堂々として明るい気が伝わってきて、見ていてもスカッとした良い気分になれました。

 この能楽堂では来年3月まで、月に一度の催しが決まっています。この日の体験ですっかり気に入り、自由席なら3000円と、チケットも安いので、しばらく通ってみるつもりです。

2018年4月 9日 (月)

能「雲林院」を見ました 続き

 チラシに書かれていたあらすじを以下に転載します(表記は読みやすく変えています)。

 『伊勢物語』の愛読者・蘆屋公光(きんみつ)は、ある夜見た夢に導かれて、都・紫野の雲林院を訪れます。折しも花の盛り。心惹かれて一枝を手折る公光。すると老翁が現れ、それをとがめます。
 古歌を引いて問答した末、公光に『伊勢物語』の秘事伝授を約束し、花の蔭に寝て待つように言うと老翁は夕霞の中へと消えて行きました。

 その夜、木蔭に伏して月を眺める公光の前に現れたのは、貴人姿の在原業平。『伊勢物語』第六段の内容を語り始め、おぼろ夜に降る春雨の中を逃れた追憶のうちに夜遊(やゆう)の舞楽を舞ってみせます。
 やがて夜明けとなり、夜もすがら『伊勢物語』が語られた公光の夢は覚めるのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・

 私は前半のほとんどを気持ち良く眠ってしまいました。残念。後半はしっかり見ました。
 後シテは高貴な身分の貴族の装束です。「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして」という一声から始まり、高子との逃避行の経緯や様子を語ります。桜散らしの雨が降る夜、芥川を渡り、迷いながら落ちていったこと。謡の詞章は案外短く、シテはゆったりと美しく舞い続けます。
 この季節にぴったりの夜桜、雨、川面に浮かぶ花筏が想像の世界に広がります。シテの装束に織り込まれている桜が、雨に散って衣服に張り付いたもののように見えました。

 味方玄がシテを演じる舞台を見ていつも感じるのは、この人の体を包む濃密な空気感です。まるでそこだけが別世界のように見えます。
 そこから発散されてくるもの(気、でしょうか)が極めて強いので、舞の意味がわかってもわからなくても、ただひたすらじっとシテの姿を見つめ続けてしまいます。

 シテが退場した時はホッと息をつきました。それまでは息を詰めるようにして、見入っていたのです。
 この曲は滅多に上演されない珍しい作品で、味方玄自身も初演だそうです。良いものを見させていただきました。

 この日、大津市伝統芸能会館は駅前からタクシーに乗らなくても徒歩10分ほどの距離だということがわかりました。タクシーだと740円ほどかかるのですが、車の通れない細い道があり、そこを通っていくと近道なのです。

 9月にはこの能楽堂で味方玄の「井筒」を見る予定。今から楽しみです。

能「雲林院」を見ました

 一日に能「雲林院」を見ました。会場は大津市伝統芸能会館です。
 主な出演者は次の通りです。

  シテ 尉(じょう)・在原業平  味方 玄(しずか)
  ワキ 蘆屋公光(あしや きんみつ)  原   大
  ワキツレ 従者  原   陸

  大鼓  河村  大
  小鼓  久田舜一郎
  太鼓  井上敬介
  笛    森田保美

  アイ狂言  茂山忠三郎


 開演に先立って、歌人の林和清さんのお話がありました。テーマは「雲林院とはいかなる場所か」。藤原氏独裁政権下における政治的な敗北者や弱者たちの集まる「わび人の歌会」が行われた場所なのだそうです。紫式部もこの近くで生まれており、ゆかりが深いとのこと。

 いわゆる「色好み」の男たちは、決して手を出してはいけない女性に恋をして
しまう。例えば光源氏の藤壺との恋。藤壺は父帝の妻であり、義理の母親でもあるのです。二重のタブーに遮られた女性に恋い焦がれ、少なくとも2回は思いを遂げている、と林さんは話されました。


 こんなとんでもないスキャンダラスな物語が上流階級の人々の間で大人気を呼び、次々と書き写され、読者を広げていったというのはすごいことですね。最近のマスコミの「不倫バッシング」に比べて、なんとおおらかなんでしょう。ほとんど呆れるばかりです。

 もう一人の「色好み」、在原業平が恋したのは次の帝の后になることが決まっていた藤原高子(たかいこ)です。人目に触れぬよう隠されていたのを業平は見つけ出し、おぶって、高槻の芥川まで逃げます。深窓の令嬢である高子はきっと、ろくに歩いたこともないほど、体力のない人だったのでしょう。

 荒れた蔵で夜明かしをした時、高子は蔵に潜んでいた鬼に食べられてしまいます。これは、異変に気付いた兄たちが二人を追いかけ、高子を奪い返したという意味だそうです。
 「女性の自由な幸せを奪い政治の道具にする藤原氏こそが鬼なのだと、告発しているかのようにも読むことができる」と、林さんのレジュメに書かれていました。
 光源氏は架空の人物ですが、在原業平は実在の人で、高子との逃避行は史実です。

 高子を失ったのち、業平は有名な「東下り」をします。都落ちですね。
 後年、清和天皇の妃になった高子は陽成天皇を生み、強大な権力を手に入れると業平とよりを戻します。数年の恋愛関係ののち、業平は亡くなります。その後、高子は寺院の若い僧侶とスキャンダルを起こし、皇后の座を追われます。
 業平との別れによって、精神のバランスを崩したのかもしれません。

 前置きが長くなってしまいました。あらすじと感想は稿を改めます。
 
  

2018年3月 8日 (木)

笛の杉市和さんが芸術選奨文部大臣賞を受賞

 朝刊に、今年の芸術選奨の受賞者が発表されていました。その中に、「杉市和(能楽師)」というお名前を見つけ、朝からうれしくてたまりません。

 杉市和さんは囃子方で笛を担当されています。この方の吹き鳴らす笛の音は、心の奥底にまで響いてくるのです。魂に触れる、とでも言えばいいのかもしれません。どうかすると涙ぐんでしまうような、不思議な音色です。

 私は笛の技術的なことなどは少しもわからないのですが、初めて聴いたときから杉さんの笛のとりこになりました。
 昨年12月21日に書いた記事「能『江口』続き」でも触れています。

 芸術選奨は幾つかのジャンルに分けて、「文部大臣賞」と「新人賞」の受賞者が選ばれます。杉さんは演劇部門の大臣賞でした。

 ほかに、映画部門の新人賞に菅田将暉くん。選ばれた理由は「あ丶荒野」ほかの演技。放送部門では脚本家の坂元裕二さんが大臣賞。「カルテット」の脚本が受賞の理由。同じく放送部門の新人賞はドラマディレクターの加藤拓さん。「眩(くらら)〜北斎の娘」が受賞理由に挙げられていました。

 この次、杉さんの笛を聴けるのはいつかなあ。楽しみです。

2018年2月24日 (土)

「宗一郎 能あそび」

 京都の有斐斎弘道館で「宗一郎 能あそび」というイベントに参加してきました。林宗一郎さんは観世流の能楽師で、39歳の実力派。この方がツレを務めて観世清和さんと舞った「松風」の美しさが脳裏から消えません。

 「宗一郎 能あそび」は五年前から始まったシリーズです。毎年、テーマを設定して、6回程度開かれます。以前、お囃子が取り上げられた時に参加したことがあります。ゲストが大倉源次郎さんで、実に興味深い内容でした。

 今年は能の作者を一人ずつ順に取り上げていくようです。ゲストはなし。昨日、私が参加したのは1回目で、観阿弥でした。
 宗一郎さんが観阿弥の出自、曲の特徴などをレクチャーされます。観阿弥の作品の一部を宗一郎さんの指導で参加者が声を揃えて謡ったりもしました。

 最後の30分余りを使って、宗一郎さんが観阿弥の作品「自然居士(じねんこじ)」を初めから最後まで通して謡われました。これが素晴らしかったです。
 私は今まで、能の謡には独特の抑揚があるけれど、それは型に沿ったもので、謡で感情表現がされることはないものと誤解していました。だから、詞章が聞き取れないと意味がわからず、何も理解できないという結果になってしまいがちだったのです。

 ところが宗一郎さんの謡を聞いていると、抑揚や声の調子によってシテの感情が表現されていることがたやすく理解できたのです。これには感動しました。実にわかりやすい。
 「能は難しいものではありません」とよく言われる言葉が、お題目ではなく、本当にそうなんだと納得がいきました。

 謡い終えた後の宗一郎さんのお話によると、実際に舞台で上演する時の3倍くらいの速度で謡ったのだそう。そこにもわかりやすく感じられたポイントがあったのかもしれません。
 松岡心平という研究者によると、室町時代に能が盛んに上演されていた頃、謡のスピードは現在の3倍くらいだったのだそうです。すごく速かったんですね。
 初めて観阿弥(そして世阿弥)の舞台を見た足利義満が感動して、以後、彼らの一座を贔屓にしたというのも、今の3倍のスピードだったと考えた方が、納得できる気がします。

 観阿弥の作品の特徴に、禅問答、芸尽くし、クセ舞というのがあるそうです。このうち禅問答については、「自然居士」でも自然居士と人買い商人とのやりとりの場面で行われます。人買い商人から少女を取り戻そうとする自然居士と、抵抗する商人との間に緊迫した言葉の応酬がなされるのです。

 このシーンが「禅問答」に当たるらしいです。でも、聞いていると自然居士の繰り出す言葉が機知に富んでとても面白く、漫才のような話芸のルーツを見るような思いがしました。能って、ひょっとすると、知られている以上にもっと多くの芸能の源泉だったのかもしれないなあと考えました。

 次回は4月20日(金)の夜、取り上げるのは世阿弥です。6時半〜8時という時間帯なので、帰宅が10時過ぎになってしまうのが少し困るのです。でもやっぱり興味を惹かれるので、参加するつもりです。

 帰りの地下鉄で見た光景から一句。

    桃の枝提げて電車へ会社員

 ついでに、今日読んだ句から二句。

    愛猫の昔語りや恋の夜

    二つ三つ芽吹かせて去る女神かな
 


2018年2月12日 (月)

能「一角仙人」

 「一角仙人」のあらすじを当日のチラシから転載します(適宜、表記を変え、改行しています)。

  インド波羅那(はらな)国の傍らに、鹿の胎内より生まれ額に一本の角が生えている一角仙人という名の仙人がいました。

 ある時仙人は龍神を神通力で岩屋の内へ封じ込めてしまいます。すると雨が降らなくなり、困った帝は絶世の美人、旋陀夫人(せんだぶにん)を旅人に仕立て、偶然を装い仙境に送り込みます。

 はじめは追い返そうとする仙人でしたが、旋陀夫人の色香に迷い、酒を勧められ、旋陀夫人の舞に心奪われ舞い始めます。
 やがて酔いが回り仙人はそのまま眠ってしまいます。旋陀夫人は喜んで都に帰っていきます。

 すると神通力が解け、岩屋が鳴動し龍神たちが姿を現します。仙人は驚き騒ぎ剣を手に立ち向かいます。龍神たちが必死で応戦しますと仙人は力尽きてしまいます。龍神たちは喜び勇み雷電を天地に轟かせ大雨を降らせ、白波に乗り竜宮へ帰って行きます。

・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・

 前もってこのあらすじを読んだとき、歌舞伎の「鳴神」と同じ話だとわかりました。もちろん能が先行して、のちに歌舞伎化されたのです。
 「鳴神」は何度か見たことがあるので、比較しながら見ることができ、楽しめました。

 まず最初に作り物が三つも運び込まれることに驚きました。舞台の正面に一畳台。その上にやたらと大きな青い鐘のような形をしたものが置かれます。最後に引き回し幕で覆われた山がワキ座のあたりに置かれます。

 ワキ(帝の家来)が旋陀夫人を伴って登場し、庵を見つけます。庵からシテ(一角仙人)が現れます。黒っぽい地味な装束です。後見がワキ座の山の引き回し幕を下ろし、中からシテの登場となるのです。シテがワキ座に置かれた作り物から出てくるなんて、意外でした。

 旋陀夫人が美しく舞うと、一角仙人もつられるようにして舞い始めます。仙人は舞ったことがないので、旋陀夫人の真似をするようにして、少し遅れて、ややぎごちなく舞います。その様子がちょっと滑稽です。

 旋陀夫人はあっさりと退場してしまい、かと思うと正面の作り物がガバッと半分に割れて(桃太郎の桃みたいに)、二人の龍神が飛び出します。赤頭(あかがしら。歌舞伎の「連獅子」のような赤くて長い毛の被り物)に龍戴(りゅうだい。龍をかたどった飾りを頭に乗せる)。金をふんだんに使った豪華な装束です。

 仙人は老人で、しかも旋陀夫人によってパワーを失っているのに対して、龍神たちは若者のようで、元気いっぱい。激しい動きを見せます。斬り合いを繰り広げますが、案の定、仙人は負けてしまい、退場します。
 龍神たちが退場し、最後の一人が橋掛かりの幕のきわで留拍子を踏みます。

 わかりやすく、視覚的にも楽しめる曲でした。それにしても一角仙人、弱すぎ!
 歌舞伎では一角仙人は鳴神上人、旋陀夫人は雲絶間(くものたえま)姫という名前です。舞台奥の滝に龍神が閉じ込められているという設定で、雲絶間姫は鳴神上人が酒に酔って眠り込んだ隙に、滝に張り渡された結界のしめ飾りを切り落とします。
 すると龍神が解放されて空へ飛んでいくのですが、そのことは光と音で表現されます。
 能よりも雲絶間姫のしどころが多く、華やかさが盛り上がるのが特徴かもしれません。

 湊川神社の能楽堂へは久しぶりに行きました。能舞台の広さは一定だと思うのに、なぜか広く見えます。天井が高くて、暖房が効きにくいのか、足元が冷えました。スタッフの女性がひざ掛けを配っていたので、それを借りました。
 午後の公演だったので着物を着ようかなと考えていたのですが、ひどく寒く、少し風邪気味だったので断念しました。
 

湊川神社「神能殿勧進能」

 昨日の午後、神戸の湊川神社で「神能殿勧進能」を見ました。番組は次の通りです。

  舞囃子  「屋島」
  仕舞   七曲

 前日よく睡眠をとったのに睡魔に襲われて、ここまでは気持ち良く眠ってしまいました。

 休憩を挟んで、

  独鼓   「花筐(はながたみ)」
  仕舞   「邯鄲(かんたん)」
        「兼平(かねひら)」
        「半蔀(はじとみ)」
        「枕之段」
  舞囃子  「桜川」

 仕舞のうち、上の四曲だけ曲名を書いたのは、どれもまだ見たことのない曲なのに(「枕之段」は聴いているうちに見たことのある曲だとわかりましたが)、謡の内容が聴きとれて、描かれている場面がわかったからです。初心者の私にとって、こんなことは初めてです。

 「邯鄲」は、栄華を極めるという長い長い夢を見て目覚めた青年が、枕元の黄粱がまだ煮えないほどの短い時間だったことに気づくという中国の説話をもとにした曲です。
 舞台では見たことがないのですが、この故事は知っているので、謡の詞章から「あの話だ」とわかりました。

 「兼平」は、木曽義仲の家来のうち「四天王」と呼ばれた中の一人、今井兼平の最期を描いたもの。「平家物語」で読んだことがあり、記憶に残っていたので、謡の詞章から理解できました。

 「半蔀」は確か源氏物語の「夕顔」から採った話だったはず…と思っていたら、やはりそうでした。

 「枕之段」ってなに? と訝っていましたが、「葵上」で六条御息所の生霊が葵上の枕元に現れる場面だとすぐにわかりました。

 仕舞は、今まで聴いていても言葉が聞き取れず、見たことのない曲の場合、どんな場面なのか想像もできないうちに終わってしまうのが常でした。この四曲がわかったのがうれしくて、ささやかな進歩を喜びました。
 舞そのものはまだ上手下手さえもよくわかりません。それでも「かっこいいな」と思いながら楽しんでいます。

 休憩ののち、

  能   「一角仙人」

 シテを観世清和が演じ、この日一番の注目の舞台でした。
 これについては別に書きます。

 











2018年1月19日 (金)

能「二人静」を見ました

 1月8日(月・祝)の午後、大津市伝統芸能会館で能「二人静」を見ました。主な出演者は次のとおりです。

 シテ    女、静御前の霊  片山九郎右衛門
 シテツレ  菜摘女        味方  玄(しずか)
 ワキ     神職                原    大

 大鼓   河村   大
 小鼓   吉阪 一郎
 笛     森田  保美


 以下、チラシからあらすじを転載します(一部、表記を変え、適宜改行しています)。

 まだ雪の残る早春の吉野・勝手明神。正月七日の今日は神事のため、神前に供える若菜を摘みに菜摘川の野辺へ出た娘は、どこからともなく現れた女に呼び止められます。

 女の頼むところによると、罪業深きこの身ゆえ社家の人々に一日経(大勢での写経)の供養をお願いしたいとのこと。もしこのことづてを疑われるようなら、その時は私があなたに取り憑き名乗って詳しく話そうと告げて、かき消すように失せてしまいました。

 驚いた娘は戻って神職に事の経緯を伝えます。自らの体験を疑ううち、憑かれたようになる娘。その名を神職に問われ、徐々に静御前であることを仄めかし、身の上を語り始めました。
 静であれば隠れなき舞の上手、神職から弔いと引き換えに舞を所望された娘は、宝蔵に納められていた舞の装束を言い当て、それを付けます。

 いつしか娘と重なるように現れた静とともに、吉野山での義経の苦難を語り、頼朝の前で義経を想って舞った思い出の舞を時の歌「しづやしづ、しづの苧環繰り返し」に乗せて舞い始めます。

 やがて恋の諦念になお懐旧の情を吐露しつつ、山桜を雪のように吹き散らせる松風に、「静が跡を弔ひ給へ」と合掌するのでした。


・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・

 静御前の霊に取り憑かれた菜摘女は神職が蔵から取り出した装束に舞台の奥で着替え(物着)、舞います。
 そこへ当の静御前の霊が登場して、連れ舞いをするのです。二人の装束はほぼ同じ。舞の動きも見事にシンクロしています。

 一度、イベントで体験させてもらったことがあるのでわかるのですが、能面をつけると、能楽師の視界は極端に狭いのです。シテとツレにはお互いの動きはおそらくほとんど見えていません。
 それなのに二人の動きが見事に関連付けられて見えるのは、双方が強い気配を放ち、互いに相手の気配を正確に受け取って動いているからでしょう。
 二人はすぐそばにいるとは限らず、あいだが5メートルほど離れている場面もあります。そんなときも、この気配のキャッチボールは正確に行われていました。


 舞台上で二人が舞うとき、静の霊は少しだけ菜摘女より後ろに下がっています。この位置関係から、静の霊が菜摘女を支配していることが感じられました。
 かと思うと、霊は橋掛かりに下がって座り、菜摘女が舞台で一人で舞うのを見ています。こうなると、もはや菜摘女は静の霊の思念が映し出した幻のように思えてきました。
 けれど、静の霊そのものも幻なのです。現(うつつ)と幻と、その境界があいまいになり、何が現実なのかわからなくなってしまいました。

 二人の舞は終始美しく、装束も素晴らしい。幻想的な世界に引き込まれ、息もつかずに見つめ続けて、いつの間にか終演のときを迎えてしまいました。
 素晴らしい舞台を見せていただきました。

 大津市伝統芸能会館はまだ新しい施設で、こぢんまりした見やすい能楽堂です。座席もゆったりして疲れません。この日は満席でした。
 便利な最寄駅はJR湖西線の大津京駅。駅前からバスが出ていないのが残念です。タクシーに乗ると5分ほど。気候がよければ歩くのに良い距離です。

 実は昨年もこの会館で見たい能の公演が行われたのですが、場所が遠いので断念したのでした。
 行ってみると、京都駅から大津京駅まではわずか2駅、10分程度。思ったほど遠くはありません。今年はこの能楽堂にまた足を運ぶつもりです。


 


2018年1月 7日 (日)

能「翁」を見ました

 4日、大槻能楽堂で「翁」を見ました。今年初めての観能です。

 主な出演者は次のとおりでした。
  翁    観世銕之丞(てつのじょう)
  三番叟 野村萬斎
  千歳   観世淳夫
  面箱   野村太一郎

  笛    藤田六郎兵衛
  小鼓 頭取  大倉源次郎
  大鼓   河村  大

 「翁」を見るのは昨年のお正月に続いて
二度目です。細部は覚えていないので、今回も「固唾を飲んで見守る」という気分でした。翁の荘重さ、三番叟の力強さ、千歳の若さ。それぞれの持ち味の相乗効果でめでたさが最大限にまで高まります。

 翁の観世銕之丞は声量豊かなバリトンの声の持ち主です。この曲ではその魅力が遺憾なく発揮され、さながらオペラのようでした。

 三番叟は昨年、野村万作(萬斎のお父さん)で見て、80代半ばとは思えないほどの身のこなしの軽さと、その年齢ならではの重々しさとの程よいバランスに魅了されました。
 萬斎の三番叟は、以前、テレビで見たことがあり、跳躍を繰り返す場面でジャンプの高さに驚いたものです。今回、そのすごい跳躍をじかに見ることができました。
 ほかの部分でもキレが良く、しかも軽くはならないところがさすが親子です。

 翁も三番叟も舞台の中央や左右の端の位置で客席に向かって邪気を払う所作をする場面があり、それを見ていると心身が清められる気がしました。能楽堂の中に清新なパワーが満ちていくように感じられます。
 
去年に引き続き、今年も元気をいただくことができました。「翁」っていいなあ、好きだなあ。

 会場は満席。立ち見客も数名。着物姿の女性が多くて、華やかです。私も着物を着て行きました。その装いについては別に書きます。



2017年12月21日 (木)

能「江口」続き

 主な出演者は次の通りです。

 シテ 友枝昭世
 ワキ 福王茂十郎
 ワキツレ 広谷和夫、福王和幸
 
 大鼓 山本哲也
 小鼓 横山晴明
 笛     杉    市和

 友枝昭世さんの謡は聴いていると胸にじかに飛び込んでくる感じがして、涙ぐみそうになりました。静止している時の佇まいから、この方の心身が舞台空間を支配していることが感じられました。
 後シテの装束は緋色の袴をつけます。遊女というより巫女のように見え、普賢菩薩に変化(へんげ)するという結末をすんなり受け取ることができました。

 川遊びのシーンから後、謡の文言がとても美しいのです。季節の自然が色彩豊かに語られ、すべては移ろうと言います。こうした仏教的無常観、輪廻転生の思想は、四季がはっきりしている
日本だからこそ発達したのかも、と気づきました。

 前回に引き続き超イケメンの福王和幸さんを見ることができたのもラッキーでした。席が脇正面だったので、定座に座っている間、ずっと真向かいにお顔や姿を拝見することができました。

 囃子方では、笛の杉市和さんが素晴らしい。この方が吹く笛はなぜか心に響きます。いつも聞き惚れてしまいます。

 この日は満席で、立ち見客もいました。
 みなさん、素晴らしい舞台で今年の観能納めをされたことでしょう。もちろん私もです。

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