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カテゴリー「文楽」の記事

2018年9月 4日 (火)

義太夫発表会は無事に終わりました

 日曜日の素人義太夫発表会は無事に終わりました。

 11時に開演して、私は夕方5時過ぎの出番。ドキドキする時間が長くて嫌だなあと思っていたのですが、会場でほかのお弟子さんの語りを聞いたり、楽屋で個人稽古の録音を聴き返して脳内稽古(?)をしたりしているうちにどんどん時間が過ぎていきました。

 本番は緊張しながらも気持ちを込めて語ることができました。語り終えたときはスカッとして、「楽しかった!」と思えました。
 どこまで正確に語れたのか、よくわからないのですが…。

 今、台風21号が迫って来ています。どうか大きな被害が起きませんように。我が家も、ほかのおうちも。

2018年8月28日 (火)

素人義太夫発表会が近づく

 私は六代豊竹呂大夫師匠に師事して、素人弟子として義太夫を習っています。習い始めたのは、つい先日のように思うのに、もう入門8年目になりました。
 毎年8月末の土曜日に開かれる発表会が、今年は会場の都合で9月2日(日)になりました。総勢41名が参加します。

 文楽好きがこうじて義太夫のお稽古を始めたものの、私は声域が狭くて高い声が出せません。声量もありませんでした。
 それで、義太夫を習い始めてから半年後、ヴォイストレーニングのレッスンを週1回のペースで受けるようになりました。このレッスンのおかげで声量(肺活量)は格段に増え、声もほんの少しですが前よりは高いところまで出せるようになりました。

 ところが一昨年の秋から昨年の春にかけて、しつこく続く咳に悩まされ、ヴォイストレーニングができなくなってしまいました。治ってからも、復帰しなかったので、2年近く、ヴォイストレーニングから遠ざかっています。
 昨年の発表会ではまだそれほどにも思いませんでしたが、今年は格段に声量が落ちたのを実感しています。それに、高い声はやっぱり出ないです。

 こんな状態でも発表会はどんどん近づいてくるので、先月からお稽古に必死でした。わずか6分余り語るだけなのですが、詞章と曲節を正確に覚えなくてはなりません。その上、複数の登場人物の感情を表現して、語り分けなければならないのです。

 今まで、先輩のお弟子さんの語りはそれなりに義太夫らしい感じがするのに、私のはちっともそんな風に聞こえない。なんでだろう? と思っていましたが、そこには音(オン)とか息(いき)など、独特の技術があるのです。
 こういうのも、一つ一つ手探りでつかんで行くしかなく、上達は困難を極めます(師匠は指導してくださいますが、弟子の私の方にそれを理解する力が不足しています)。

 そんなこんなであがきにあがいています。この数日、無理に高い声を出して稽古をしていたら
喉がヒリヒリしてきました。これはいかん! 無理な発声で少しのどを痛めてしまったようです。それで今日は小さめの声で稽古しています。

 ものすごく難しくて大変なのに、義太夫は楽しい。去年あたりから、本気でそう思えるようになってきました。
 本番は能楽堂の舞台で語ります。能楽堂は声がよく響くので助かります。毎年緊張して、思わぬミスをしてしまうこともありがち。落ち着いて、師匠の教えをきちんと守り、正確に語ることを目指しています。


2018年8月17日 (金)

初めて見た「大塔宮曦袂」

 文楽夏休み公演の第2部で見たもう一つの演目は「大塔宮曦袂(おおとうのみや あさひのたもと」です。大作ですが、今回はそのうち「六波羅館の段」と「身替り音頭の段」が上演されました。
 この演目は長く上演が途絶えていたのを、昨年、東京公演で復活上演されたという話を耳にしていました。なので、タイトルは覚えていましたが、見るのは初めてでした。

 「身替り音頭の段」が見どころです。幼い子どもたちが10人ほど、浴衣かな? お揃いの夏の着物を着て、頭に飾り灯籠を乗せ、大きな輪になり、盆踊りの歌(よく聞くと宗教的な悲しい意味合いの歌でした)に合わせて緩やかに踊ります。その様子が幻想的で美しい。しかも、緊張感をはらんでいるのです。

 というのは、この中に若君が入っており、老年の武士が若君の命を狙っているからです。若君を殺させまいとする夫婦は身代わりとして、我が子の鶴千代を紛れ込ませていて、武士に鶴千代を殺すよう仕掛けます。

 子どもの人形のうち、役割のある人形は三人遣いで、それ以外は一人遣いです。ゆっくりと回りながら踊っている人形をよく見ると、三人遣いの人形が三体いる! 

 若君と鶴千代、もう一人はいったい誰なのでしょうか。
 ネタバレになってしまいますので、これ以上は書きません。ただ、この演目でも最後の場面では泣いてしまったことを記すに止めます。

 ウィキペディアによると、享保8年(1723)、竹本座で初演。作者は初代竹田出雲と松田和吉の合作で、近松門左衛門が添削したそうです。
 竹田出雲は竹本義太夫(「義太夫節」の始祖。近松と協力して人形浄瑠璃を隆盛させた人物)の後継者で、「大塔宮曦袂」は最初の作品なんですって。 
 「太平記」を題材とし、後醍醐天皇の皇子、大塔宮護良親王の事績を脚色しています。大きく扱われているのは六波羅の老武士、斎藤太郎左衛門です。

 ウィキにはストーリー全体のあらましが書かれています。ずいぶん長大な作品で、登場人物の性格や考え方も入り組んでいます。その中でも「身替り音頭の段」が飛び抜けてドラマチックで詩的情緒もあり、見ていても美しいので、人気が高いらしいです。
 今回のチラシには山村流の家元、山村友五郎が振付を担当したと記されていました。

 「身替り音頭」の「中」は小住太夫、「奥」は千歳太夫が語りました。小住太夫は若手なのにどんどん頭角を表しているようです。声の質が良く、声量豊かな太夫さんです。千歳さんは、前はあまり好きな太夫さんではなかったのですが、最近は好感が持てるようになって来ました。

 今回の公演から、これまで1階にあった「文楽茶寮」というレストランや2階ロビーの売店がなくなってしまいました。1階の抹茶と和菓子を提供するコーナーも閉まっていました。
 経営的に引き合わないのでしょうか。飲み物の自販機しか置いていないのは寂しいです。

 終演後、ロビーで先日の大雨で被災した方々への救援募金を集めていました。何人もの技芸員さんが並ぶ中、和生さんがお姫様の人形を持って募金箱のそばに立っておられたので、募金をした後、人形の手と握手させてもらい、ツーショットの写真まで撮っていただきました!
 募金をしてトクをした気分になりました。

 

2018年8月13日 (月)

清治さんの三味線に涙…「卅三間堂棟木由来」

 もう終わってしまった文楽の「夏休み特別公演」。今日になって、やっと感想を書く時間と意欲ができました。

 私が見たのは第2部の「名作劇場」。演目は「卅三間堂棟木由来(さんじゅうさんげんどう むなぎのゆらい」と、「大塔宮曦鎧(おおとうのみや あさひのよろい」の二つです。どちらも見応えがあって、いつまでも記憶に残りそうな舞台でした。

 まず「卅三間堂棟木由来」から。「文楽ハンドブック」(三省堂)の記事を参考にして、あらすじを書いてみます。

 昔、紀州の山中に枝を交わして夫婦となった梛(なぎ)と柳の木がありました。梛の木は人間に生まれ変わって平太郎という男性になります。平太郎は前世の経緯を覚えていません。
 柳の精はお柳という名前の女性に扮し、二人は現世でも結ばれます。二人の間にはみどり丸という男の子が生まれ、穏やかに幸せに暮らしていました。

 ところが時の権力者、白河法皇がひどい頭痛に悩まされ、治すには京都に卅三間堂を建立しなければいけないことになります。しかも、その棟木にはお柳の木、つまり紀州の山中にある柳の古木を使わなければいけないのです。

 柳に斧が入れられるとお柳は苦しみ、息も絶え絶えに平太郎に二人の前世からの結びつき、自分が柳の精であること、その柳が今伐られようとしていて、都へ運ばれていくことを語ります。やがてお柳は姿を消します。

 山中では柳は伐られ、人足たちが「木遣音頭」を歌いながら引いていこうとするのですが、柳の木は夫や子どもとの別れを惜しんでか、少しも動きません。
 そこへ平太郎とみどり丸が駆けつけます。平太郎が「木遣音頭」を歌い、みどり丸が先導すると、柳の木は動き出し、運ばれて行くのでした。

・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・

 本当を言うと、白河法皇と夫婦の間には前世からの因縁があるのですが、長くなるのではしょりました。
 また今回の上演では今まで見たことのない場面が入っていました。平太郎の母が悪者に殺されるのです。「卅三間堂棟木由来」はこれまでに何度か見たことがありますが、こんな場面を見たのは初めてのような気がします。

 私にとってはこのお芝居、木遣音頭が一番の聴きどころなのです。はじめ、人足たちが1番と2番を歌い、クライマックスで平太郎が3番を歌います。木遣音頭は一種の労働歌と言うのでしょうか、民謡です。

 十数年前のことですが、当時切り場語りの一人で、まだ人間国宝にはなっておられなかった嶋太夫さんがこの場面を語られたのです。その時の木遣音頭の素晴らしかったこと! 感動して、涙が出ました。
 言葉で表現するのは難しいですが、1番、2番では民謡らしいおおらかさ、のどかさ、土地に生きる人々のたくましさなどが表現されているように思いました。嶋太夫さんは少ししわがれた渋い声の持ち主でしたので、それがますます味わいを深くしていました。

 3番は、平太郎とみどり丸のお柳への愛情と別れの悲しさがこもっている上に、何か人生や人間の切なさすら感じられ、ここで私は泣いてしまったのです。

 嶋太夫さんの引退後、津駒太夫さんの木遣を聞きましたが、どうも物足りない。そして今回は呂勢太夫さんでした。…これをやるにはまだ若過ぎるなあ、というのが正直な感想です。

 それでがっかりしたかと言うと、そうではないのです。清治さんの三味線が絶妙な演奏だったからです。
 民謡ですから、旋律はシンプルです。それを清治さんは一本の糸だけにバチを当てるという簡素な方法で弾きました。
 その響きはとても素朴なのですが、一音一音に哀切さや温もりが感じられ、音の一つひとつが宝石のように感じられました。清治さん、さすがです!
 今までは太夫の語りにばかり注目していて、三味線を誰が弾いて、どんな演奏をしていたのか、少しも覚えていませんでした。
 嶋太夫と清治さん、二人の木遣音頭の共通点は滋味でした。

 この清治さんの三味線を聴いただけで、暑い中、文楽劇場まで足を運んだ甲斐があったと思いました。
 長くなりましたので、「大塔宮曦鎧」については、記事を改めます。



2018年6月18日 (月)

文楽鑑賞教室で「絵本太功記」を聴く

 先日、国立文楽劇場で行われている文楽鑑賞教室という催しに行きました。初心者にもわかりやすく文楽を紹介するイベントで、毎年今頃の時期に行われています。

 はじめに「寿式三番叟」を上演。私はこの演目が大好きなので、ワクワクしました。能の「翁」からとったものですが、文楽バージョンはとてもリズミカルで楽しいのです。

 続いて「解説 文楽へようこそ」。日にちと時間帯によって、担当する技芸員さんが代わります。私が見た日は、豊竹希(のぞみ)太夫が総合司会と太夫の解説を担当。三味線は鶴澤寛太郎、人形は吉田玉翔でした。
 希太夫は私が素人弟子として師事している豊竹呂太夫師匠のプロのお弟子さんです。少し緊張気味に見受けられましたが、上手な解説でした。

 締めくくりに「絵本太功記」の「夕顔棚の段」と「尼ヶ崎の段」を上演しました。これが私の一番の目的でした。
 というのは、義太夫の稽古で、「尼ヶ崎の段」をずっと習っているからです。師匠がこの段を6〜8分程度に区切り、毎年1パートずつを順に習って、夏の発表会で語っています。
 お弟子さんの中にはもっとほかの演目を選ぶ人も少なからずいますが、私は入門以来、ずっと「尼ヶ崎の段」を教えていただいて来ました。

 義太夫はとても難しい! いつも四苦八苦しています。それで、プロの太夫はどんな風に語るのかを聴いてみたかったのです。 もちろん師匠の語りはCDでいただいているのですが、ほかの太夫さんのも聴きたくなりました。

 これも日にちと時間帯によって代わるのですが、この日、「尼ヶ崎の段」を語ったのは「前」が豊竹呂勢太夫、三味線は鶴澤清友。「後」は竹本津駒太夫と鶴澤藤蔵でした。

 津駒太夫の語りは、初めは割とゆっくり、中盤はテンポよくさらりと進め、終盤で激しく盛り上がりました。凄まじい気迫! 終わった時は「すごーい」と感嘆してしまいました。津駒さん、意外と高音部は苦手なのかな、という感じが少ししましたけども。
 当たり前だけれど、プロはさすがです。聴きに行った甲斐がありました。自分の語りに何をどう取り入れれば良いのかはさっぱりわかりませんが。

 この催し、トップクラスの技芸員が惜しげもなく芸を披露するのに、チケット代は3900円(学生は1300円…団体料金は多分もっと安いはず。友の会の会員は3400円)と格安。なので、人気が高く、チケットはいつも早々に売り切れてしまいます。
 この日の私の席は、中央ではありましたが後ろから3列目でした。後ろから4列目から最前列までは小中学生の集団で埋まっていました。団体鑑賞が多いから、余計にチケットのなくなるのが早いのでしょう。

 後ろから見ていると、熱心に鑑賞している子もおり、居眠りしている子もいます。文楽に興味を抱いた子もいたでしょうか。
 文楽ファンになる子や、技芸員を目指す子がたくさん生まれてほしいな。

2018年4月29日 (日)

「本朝廿四孝」続き

 「本朝廿四孝」というと、八重垣姫という深窓の令嬢と狐たちが活躍する「十種香の段」「奥庭狐火の段」が知られています。実際、歌舞伎ではこちらのストーリーしか上演されないようです。

 実は「本朝廿四孝」は壮大な物語で、主に二つのストーリーがあり、互いに関連はあるものの、それぞれ独立した作品として上演されることが多いのです。
 今回上演された「勘助住家の段」前後のストーリーは、地味な上に話が込み入っていてわかりづらいからか、文楽でも上演される機会は少ないです。

 私は以前に一度、見たことがあります。そのとき、主人公の兄弟のうち慈悲蔵という性格の良い(ように見えるのに、いきなり我が子を手裏剣で殺してしまう)人物を、亡くなられた吉田文雀さんが遣っておられました。そのとき、慈悲蔵が若くて色気のある魅力たっぷりな男性に見えたのが今も忘れられません。

 終幕前、我が子を夫に殺された女房お種(吉田和生さんが遣っていました)の嘆きが強調されたのは、まだしもの救いなのでしょうか。
 お種の感情に共感しながらも、あまりにも悲しすぎるので自分で心にブレーキをかけてしまい、涙は出ませんでした。
 文楽って、女性の立場から見ると、悲しすぎたり辛すぎたりする作品がかなり多いんですよね。もっとパワフルな女性がヒロインとして活躍する新作もどんどん作って欲しいなと思います。


2018年4月28日 (土)

文楽4月公演「本朝廿四孝」ほかを見ました

 先日、国立文楽劇場で4月公演の昼の部を見てきました。プログラムは次の通りです。

  本朝廿四孝(ほんちょう にじゅうしこう)

     桔梗原の段
     吉田幸助改め五代目吉田玉助襲名披露口上
     景勝下駄の段
     襲名披露狂言 勘助住家の段

  義経千本桜
     道行初音旅


 吉田幸助改め
五代目吉田玉助さんは50代初めくらいの人形遣いさん。このところ目覚ましい活躍をされるようになってきていました。
 お父さんの吉田玉幸さん(故人)も人形遣いで、その舞台姿を今もよく覚えています。強面の方でしたが、息子さんはお父さんに似なかったのか、柔和な印象の顔立ちです。

 襲名披露の口上には、人形遣いさんばかりが前後2列になって13人座りました。吉田簑二郎さんの司会で、吉田玉男さん、吉田和生さん、桐竹勘十郎さんがお祝いの言葉を述べられました。
 人間国宝で最高格の簑助さんは言葉が不自由(脳梗塞の発作の後遺症)なので、一言も話されませんでした。
 
 簡素で心のこもった襲名披露で、よかったのですが、気になったのは裃の色です。目の覚めるようなピンクなのです。春だからといって、こんな色にしなくてもよかったのになあと思いました。
 いわゆる「どピンク」で、あまり美しく感じられなかったのです。そこだけが残念でした。

 襲名披露狂言「
勘助住家の段」で新・吉田玉助さんが横蔵、のちの山本勘助という役の人形を使いました。簑助さん、和生さん、玉男さん、勘十郎さんも出演して、これ以上はないというぐらい、豪華な舞台でした。

 この場面の「前」を豊竹呂太夫が語りました(「後」は呂勢太夫)。人物の行動に謎が多い上に、一見優しそうな男が突然我が子を殺す場面があったりもして、掴みどころがあるようなないような、難しい場面です。

 以前の私ならきっと眠くなってしまっただろうと思うのですが、今回は違いました。呂太夫の語る義太夫にじっと耳を傾けていると、一つの語、一つの音にも深い意味が感じられ、気持ちがぐいぐいと惹きつけられて行くのです。
 我が子を夫に殺された妻の嘆きはお芝居とは思えないほど身に迫ってきました。

 終わってみると、あらすじが込み入っていて、どう考えても納得がいかず、とても不条理なお芝居でした。その不条理さにむしろ現代性があるのかもしれません。

 「道行初音旅」は、舞台正面奥に二段のひな壇を据え、太夫9人と三味線9人が並びました。こんなしつらえは文楽では珍しいものです。口上のときと同じ、ド派手な裃姿でした。

 登場するのは静御前と狐忠信。静御前を豊竹咲大夫、忠信を竹本織太夫が語りました。これも不思議でした。咲大夫は現在、ただ一人の切場語り。本来なら、呂太夫が語った場面を咲大夫が語るべきだったのです。
 大人数で語る場面に切場語りが登場するのはとても珍しいこと。その上、咲大夫の声に力がなく、一人で語る部分を最小限にしていたことが気になりました。
 前回、織太夫の襲名披露公演の時にはそこそこ元気なように見えたのですが、また体調が悪化したのでしょうか。

 派手で華やかな道行で幕が降りたにも関わらず、咲太夫さんの様子が気になって、おめでたい気分に浸りきれないのが残念でした。

2018年1月21日 (日)

初春文楽公演 「良弁杉由来」など

 ここで写真を2枚、アップしておきます。

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 舞台前方の天井に飾られる、毎年恒例の額と鯛です。
 額の文字は、今年は東大寺の方が書かれていました。二部の演目「良弁杉の由来」の主な舞台が東大寺なので、そのゆかりでしょう。
 鯛は、ギョロ目で可愛らしい。

 こちらが織太夫を襲名された咲甫太夫さんです。


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 現在、ただ一人の切場語りである咲太夫さんのお弟子さんです。
 口上でも、咲太夫さんが織太夫さんのことを語る口ぶりには師匠の愛がにじみ出ていました。
 新・織太夫さんはEテレ「日本語であそぼ」にずいぶん長く出演しておられるので、見たことがあるわ! という方も多いかもしれません。

 二部で上演された「良弁杉の由来」は、主役の良弁僧正の人形が、極端に動きが少なくて、遣うのがとても難しそうです。
 初代玉男さんがご健在の頃、ほんのわずかな首(かしら)の角度で良弁の心情が豊かに表現されるさまを見て、圧倒されたのを覚えています。
 初代の弟子、二代玉男さんも健闘なさっていました。

 同じく二部の「新口村」。歌舞伎でよく見る演目です。義太夫は文字久太夫。しっとりと味わい深く語られ、親子の情、夫婦の情がそくそくと伝わってきました。
 この方は住太夫の厳しい指導を長年受けてこられた方で、とてもうまい人なのですが、とりわけこういう世話物浄瑠璃で持ち味を発揮される方だと気づきました。

 最後になってしまいましたが、一部のもう一つの演目、「花競(くらべ)四季寿」では豊竹睦太夫さんが声の質、声量ともに良かったです。これから注目していきたい若手です。

2018年1月20日 (土)

初春文楽 呂太夫が語る「俊寛」の深さ

 「平家女護島 鬼界が島の段」は通称「俊寛」。平家物語に材をとった能の曲「俊寛」をもとに、近松門左衛門が書いた作品です。初演の翌年に歌舞伎にも取り入れられています。

 『歌舞伎ハンドブック』(三省堂)から、あらすじを紹介します。(適宜、改行しました。)

 九州の先の絶海の孤島に、俊寛、平康頼、少将成経の三人が流罪になっている。成経は隣島の海女、千鳥と恋仲である。

 そこへ赦免船が到着する。平清盛の家臣瀬尾太郎が、中宮(清盛の娘徳子が高倉天皇の皇后となった)の安産祈願のため、康頼と成経が赦免された旨を告げる。

 名を落とされた俊寛は嘆くが、もう一人の使者丹左衛門が登場し、平重盛と教経の配慮で俊寛は赦免されたと告げる。

 三人と千鳥が乗船しようとすると、瀬尾は千鳥の乗船を断る。残される千鳥の悲嘆。船から抜け出した俊寛は、千鳥のために瀬尾と争い、清盛の憎しみの強いこと、妻の東屋が清盛の側女にならなかったので処刑されたことなどを聞かされ、絶望して瀬尾を殺す。
 その罪を受けて島にとどまり、代わりに千鳥を乗せてくれと嘆願し、丹左衛門は承知する。

 船は岸を離れ遠ざかっていく。見送る俊寛は凡夫心(欲望や執着などの煩悩にとらわれる心)を断ち切って独り残る覚悟を決めたはずだが、煩悩をこらえきれずに島の巌頭から声を限りに叫び、船を見送るのだった。

・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・

 この演目を豊竹呂太夫が一人で語り、鶴澤清介が三味線を弾きました。
 呂太夫は私が素人弟子として義太夫を習っている師匠です。でも、これから書くことは、いわゆる「身内びいき」では決してありません。

 私はこれまで、この演目を文楽でも歌舞伎でも何度も見てきました。師匠が語るのを聴くのは初めてなので、どんな風に語られるのだろうと注目していました。
 すると、話が進むうちに、思いがけないことが起こりました。このドラマ「俊寛」が宗教劇として立ち現れてきたのです。

 師匠はクリスチャンなので、おそらく師匠ならではの解釈をされたのでしょう。そのことが見ていてぐいぐいと心に伝わってくるのです。
 妻の死を知らされた時、俊寛は絶望します。しかし、すぐ後で、「死ねば来世で再会できる」という希望を抱いたのでしょう。この時代、「夫婦は二世の契り」とされ、死後に生まれ変わった世界でも夫婦の縁が続くと信じられていたのです。

 若い二人の愛を成就させるために人を殺すという究極の選択をして、ただ独り島に残った俊寛は、壮絶な孤独の末に即身成仏したのではないだろうか。もともと、仏教者としてさほど優れた人物ではなかった俊寛が、与えられた苦難を自らの選択で乗り越えていくことによって、真の宗教者になったに違いない。
 そんなことを考えました。師匠の語りから感じ取ったのです。

 呂太夫師匠の深い思いと芸が、古典の作品である「俊寛」に新しい命を吹き込みました。その現場に立ち会えたことが、この上なく幸福に感じられました。

 これからも呂太夫師匠は古典をより普遍的なものとして(現代人に通じるばかりでなく、国境を越えてどんな人の心をも打つ作品として)提示していかれるのではないか。そんな気がしました。
 ふと、「天命」という言葉が浮かびました。この方には天命がある。それに気付き、それを全うしていこうとなさっている。そう思いました。師匠の前にあるのは前人未到のいばらの道に違いないのです。
 師匠のこれからの歩みをしっかりと聴いて、見て、微力ながら応援していきたいです。

      天命を持つ人の芸初芝居




 

初春文楽「摂州合邦辻」

 上演中の初春文楽公演を一部、二部ともに見ました。今回の公演は八代目竹本綱太夫五十回忌追善と豊竹咲甫(さきほ)太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露の公演です。

 その「口上」は一部で行われました。正面に
八代目竹本綱太夫のモノクロ写真。私はこの方を存じ上げません。豊竹咲太夫のお父さんなのだそうです。舞台背景は龍を描いた墨絵。簡素で力強い印象です。

 舞台上には咲太夫と新・織太夫の二人だけが座っていました。口上を述べるのは咲太夫だけで、織太夫は終始、無言です。咲太夫の口上は真心が溢れていて、胸を打つものでした。

 もともと、文楽では襲名披露の口上はごく簡素に行われていたのです。このごろは歌舞伎の影響か、きらびやかでものものしい口上が増えています。今回は文楽本来の質素で心のこもったものだったので、好感が持てました。

 「口上」に続いて、追善と襲名の披露狂言、「摂州合邦辻(がっぽうがつじ)」の「合邦住家の段」が上演されました。

 演者の顔ぶれは次の通りです。

   中  竹本南都太夫、三味線・鶴澤清馗(せいき)
   切  豊竹咲太夫、三味線・鶴澤清治
   後  新・竹本織太夫、三味線・鶴澤燕三(えんざ)

 人形はヒロインの玉手御前を桐竹勘十郎、その父を吉田和生、ほかの方々でした。

 咲甫太夫改め織太夫は祖父が高名な三味線弾きの鶴澤道八(故人)。人間国宝の清治は伯父、
清馗は弟なのだそうです。

 話のあらすじははしょりますが、とてもドラマチックな内容です。ヒロインの玉手御前が理知的、行動的でしかも情に厚く、実にかっこいい。こんな女性像は文楽のほかの作品には存在しません。

 そして、新・織太夫さんの語りの凄まじいことと言ったら! 予想をはるかに超える大迫力でした。
 豊かな声量と広い声域、声質の良さ、巧みな表現力。どんなに大声を張り上げても心地よく聴いていられるリズム感の良さ。素晴らしいです。

 襲名すると、それまでも実力のあった方がさらに何倍もの力を発揮する姿を文楽でも歌舞伎でも繰り返し見てきましたが、この日の織太夫さんはまさにそのとおりでした。

 ほぼ満員の会場はすっかり興奮して、この披露公演は大成功でした。
私自身、見終わった後は織太夫さんの凄さにただただ圧倒されていました。

 ところが、終演後、時間が経つにつれて、思うことが変わってきたのです。
 確かに織太夫さんの語りは素晴らしかったのですが、にもかかわらず、今回の公演で最も注目すべきだったのは「口上」の前に上演された「平家女護島(にょごのしま) 鬼界が島の段」の豊竹呂太夫の語りだったのではないかと。

 続きは別の記事に書きます。

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