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カテゴリー「文楽」の記事

2018年6月18日 (月)

文楽鑑賞教室で「絵本太功記」を聴く

 先日、国立文楽劇場で行われている文楽鑑賞教室という催しに行きました。初心者にもわかりやすく文楽を紹介するイベントで、毎年今頃の時期に行われています。

 はじめに「寿式三番叟」を上演。私はこの演目が大好きなので、ワクワクしました。能の「翁」からとったものですが、文楽バージョンはとてもリズミカルで楽しいのです。

 続いて「解説 文楽へようこそ」。日にちと時間帯によって、担当する技芸員さんが代わります。私が見た日は、豊竹希(のぞみ)太夫が総合司会と太夫の解説を担当。三味線は鶴澤寛太郎、人形は吉田玉翔でした。
 希太夫は私が素人弟子として師事している豊竹呂太夫師匠のプロのお弟子さんです。少し緊張気味に見受けられましたが、上手な解説でした。

 締めくくりに「絵本太功記」の「夕顔棚の段」と「尼ヶ崎の段」を上演しました。これが私の一番の目的でした。
 というのは、義太夫の稽古で、「尼ヶ崎の段」をずっと習っているからです。師匠がこの段を6〜8分程度に区切り、毎年1パートずつを順に習って、夏の発表会で語っています。
 お弟子さんの中にはもっとほかの演目を選ぶ人も少なからずいますが、私は入門以来、ずっと「尼ヶ崎の段」を教えていただいて来ました。

 義太夫はとても難しい! いつも四苦八苦しています。それで、プロの太夫はどんな風に語るのかを聴いてみたかったのです。 もちろん師匠の語りはCDでいただいているのですが、ほかの太夫さんのも聴きたくなりました。

 これも日にちと時間帯によって代わるのですが、この日、「尼ヶ崎の段」を語ったのは「前」が豊竹呂勢太夫、三味線は鶴澤清友。「後」は竹本津駒太夫と鶴澤藤蔵でした。

 津駒太夫の語りは、初めは割とゆっくり、中盤はテンポよくさらりと進め、終盤で激しく盛り上がりました。凄まじい気迫! 終わった時は「すごーい」と感嘆してしまいました。津駒さん、意外と高音部は苦手なのかな、という感じが少ししましたけども。
 当たり前だけれど、プロはさすがです。聴きに行った甲斐がありました。自分の語りに何をどう取り入れれば良いのかはさっぱりわかりませんが。

 この催し、トップクラスの技芸員が惜しげもなく芸を披露するのに、チケット代は3900円(学生は1300円…団体料金は多分もっと安いはず。友の会の会員は3400円)と格安。なので、人気が高く、チケットはいつも早々に売り切れてしまいます。
 この日の私の席は、中央ではありましたが後ろから3列目でした。後ろから4列目から最前列までは小中学生の集団で埋まっていました。団体鑑賞が多いから、余計にチケットのなくなるのが早いのでしょう。

 後ろから見ていると、熱心に鑑賞している子もおり、居眠りしている子もいます。文楽に興味を抱いた子もいたでしょうか。
 文楽ファンになる子や、技芸員を目指す子がたくさん生まれてほしいな。

2018年4月29日 (日)

「本朝廿四孝」続き

 「本朝廿四孝」というと、八重垣姫という深窓の令嬢と狐たちが活躍する「十種香の段」「奥庭狐火の段」が知られています。実際、歌舞伎ではこちらのストーリーしか上演されないようです。

 実は「本朝廿四孝」は壮大な物語で、主に二つのストーリーがあり、互いに関連はあるものの、それぞれ独立した作品として上演されることが多いのです。
 今回上演された「勘助住家の段」前後のストーリーは、地味な上に話が込み入っていてわかりづらいからか、文楽でも上演される機会は少ないです。

 私は以前に一度、見たことがあります。そのとき、主人公の兄弟のうち慈悲蔵という性格の良い(ように見えるのに、いきなり我が子を手裏剣で殺してしまう)人物を、亡くなられた吉田文雀さんが遣っておられました。そのとき、慈悲蔵が若くて色気のある魅力たっぷりな男性に見えたのが今も忘れられません。

 終幕前、我が子を夫に殺された女房お種(吉田和生さんが遣っていました)の嘆きが強調されたのは、まだしもの救いなのでしょうか。
 お種の感情に共感しながらも、あまりにも悲しすぎるので自分で心にブレーキをかけてしまい、涙は出ませんでした。
 文楽って、女性の立場から見ると、悲しすぎたり辛すぎたりする作品がかなり多いんですよね。もっとパワフルな女性がヒロインとして活躍する新作もどんどん作って欲しいなと思います。


2018年4月28日 (土)

文楽4月公演「本朝廿四孝」ほかを見ました

 先日、国立文楽劇場で4月公演の昼の部を見てきました。プログラムは次の通りです。

  本朝廿四孝(ほんちょう にじゅうしこう)

     桔梗原の段
     吉田幸助改め五代目吉田玉助襲名披露口上
     景勝下駄の段
     襲名披露狂言 勘助住家の段

  義経千本桜
     道行初音旅


 吉田幸助改め
五代目吉田玉助さんは50代初めくらいの人形遣いさん。このところ目覚ましい活躍をされるようになってきていました。
 お父さんの吉田玉幸さん(故人)も人形遣いで、その舞台姿を今もよく覚えています。強面の方でしたが、息子さんはお父さんに似なかったのか、柔和な印象の顔立ちです。

 襲名披露の口上には、人形遣いさんばかりが前後2列になって13人座りました。吉田簑二郎さんの司会で、吉田玉男さん、吉田和生さん、桐竹勘十郎さんがお祝いの言葉を述べられました。
 人間国宝で最高格の簑助さんは言葉が不自由(脳梗塞の発作の後遺症)なので、一言も話されませんでした。
 
 簡素で心のこもった襲名披露で、よかったのですが、気になったのは裃の色です。目の覚めるようなピンクなのです。春だからといって、こんな色にしなくてもよかったのになあと思いました。
 いわゆる「どピンク」で、あまり美しく感じられなかったのです。そこだけが残念でした。

 襲名披露狂言「
勘助住家の段」で新・吉田玉助さんが横蔵、のちの山本勘助という役の人形を使いました。簑助さん、和生さん、玉男さん、勘十郎さんも出演して、これ以上はないというぐらい、豪華な舞台でした。

 この場面の「前」を豊竹呂太夫が語りました(「後」は呂勢太夫)。人物の行動に謎が多い上に、一見優しそうな男が突然我が子を殺す場面があったりもして、掴みどころがあるようなないような、難しい場面です。

 以前の私ならきっと眠くなってしまっただろうと思うのですが、今回は違いました。呂太夫の語る義太夫にじっと耳を傾けていると、一つの語、一つの音にも深い意味が感じられ、気持ちがぐいぐいと惹きつけられて行くのです。
 我が子を夫に殺された妻の嘆きはお芝居とは思えないほど身に迫ってきました。

 終わってみると、あらすじが込み入っていて、どう考えても納得がいかず、とても不条理なお芝居でした。その不条理さにむしろ現代性があるのかもしれません。

 「道行初音旅」は、舞台正面奥に二段のひな壇を据え、太夫9人と三味線9人が並びました。こんなしつらえは文楽では珍しいものです。口上のときと同じ、ド派手な裃姿でした。

 登場するのは静御前と狐忠信。静御前を豊竹咲大夫、忠信を竹本織太夫が語りました。これも不思議でした。咲大夫は現在、ただ一人の切場語り。本来なら、呂太夫が語った場面を咲大夫が語るべきだったのです。
 大人数で語る場面に切場語りが登場するのはとても珍しいこと。その上、咲大夫の声に力がなく、一人で語る部分を最小限にしていたことが気になりました。
 前回、織太夫の襲名披露公演の時にはそこそこ元気なように見えたのですが、また体調が悪化したのでしょうか。

 派手で華やかな道行で幕が降りたにも関わらず、咲太夫さんの様子が気になって、おめでたい気分に浸りきれないのが残念でした。

2018年1月21日 (日)

初春文楽公演 「良弁杉由来」など

 ここで写真を2枚、アップしておきます。

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 舞台前方の天井に飾られる、毎年恒例の額と鯛です。
 額の文字は、今年は東大寺の方が書かれていました。二部の演目「良弁杉の由来」の主な舞台が東大寺なので、そのゆかりでしょう。
 鯛は、ギョロ目で可愛らしい。

 こちらが織太夫を襲名された咲甫太夫さんです。


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 現在、ただ一人の切場語りである咲太夫さんのお弟子さんです。
 口上でも、咲太夫さんが織太夫さんのことを語る口ぶりには師匠の愛がにじみ出ていました。
 新・織太夫さんはEテレ「日本語であそぼ」にずいぶん長く出演しておられるので、見たことがあるわ! という方も多いかもしれません。

 二部で上演された「良弁杉の由来」は、主役の良弁僧正の人形が、極端に動きが少なくて、遣うのがとても難しそうです。
 初代玉男さんがご健在の頃、ほんのわずかな首(かしら)の角度で良弁の心情が豊かに表現されるさまを見て、圧倒されたのを覚えています。
 初代の弟子、二代玉男さんも健闘なさっていました。

 同じく二部の「新口村」。歌舞伎でよく見る演目です。義太夫は文字久太夫。しっとりと味わい深く語られ、親子の情、夫婦の情がそくそくと伝わってきました。
 この方は住太夫の厳しい指導を長年受けてこられた方で、とてもうまい人なのですが、とりわけこういう世話物浄瑠璃で持ち味を発揮される方だと気づきました。

 最後になってしまいましたが、一部のもう一つの演目、「花競(くらべ)四季寿」では豊竹睦太夫さんが声の質、声量ともに良かったです。これから注目していきたい若手です。

2018年1月20日 (土)

初春文楽 呂太夫が語る「俊寛」の深さ

 「平家女護島 鬼界が島の段」は通称「俊寛」。平家物語に材をとった能の曲「俊寛」をもとに、近松門左衛門が書いた作品です。初演の翌年に歌舞伎にも取り入れられています。

 『歌舞伎ハンドブック』(三省堂)から、あらすじを紹介します。(適宜、改行しました。)

 九州の先の絶海の孤島に、俊寛、平康頼、少将成経の三人が流罪になっている。成経は隣島の海女、千鳥と恋仲である。

 そこへ赦免船が到着する。平清盛の家臣瀬尾太郎が、中宮(清盛の娘徳子が高倉天皇の皇后となった)の安産祈願のため、康頼と成経が赦免された旨を告げる。

 名を落とされた俊寛は嘆くが、もう一人の使者丹左衛門が登場し、平重盛と教経の配慮で俊寛は赦免されたと告げる。

 三人と千鳥が乗船しようとすると、瀬尾は千鳥の乗船を断る。残される千鳥の悲嘆。船から抜け出した俊寛は、千鳥のために瀬尾と争い、清盛の憎しみの強いこと、妻の東屋が清盛の側女にならなかったので処刑されたことなどを聞かされ、絶望して瀬尾を殺す。
 その罪を受けて島にとどまり、代わりに千鳥を乗せてくれと嘆願し、丹左衛門は承知する。

 船は岸を離れ遠ざかっていく。見送る俊寛は凡夫心(欲望や執着などの煩悩にとらわれる心)を断ち切って独り残る覚悟を決めたはずだが、煩悩をこらえきれずに島の巌頭から声を限りに叫び、船を見送るのだった。

・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・

 この演目を豊竹呂太夫が一人で語り、鶴澤清介が三味線を弾きました。
 呂太夫は私が素人弟子として義太夫を習っている師匠です。でも、これから書くことは、いわゆる「身内びいき」では決してありません。

 私はこれまで、この演目を文楽でも歌舞伎でも何度も見てきました。師匠が語るのを聴くのは初めてなので、どんな風に語られるのだろうと注目していました。
 すると、話が進むうちに、思いがけないことが起こりました。このドラマ「俊寛」が宗教劇として立ち現れてきたのです。

 師匠はクリスチャンなので、おそらく師匠ならではの解釈をされたのでしょう。そのことが見ていてぐいぐいと心に伝わってくるのです。
 妻の死を知らされた時、俊寛は絶望します。しかし、すぐ後で、「死ねば来世で再会できる」という希望を抱いたのでしょう。この時代、「夫婦は二世の契り」とされ、死後に生まれ変わった世界でも夫婦の縁が続くと信じられていたのです。

 若い二人の愛を成就させるために人を殺すという究極の選択をして、ただ独り島に残った俊寛は、壮絶な孤独の末に即身成仏したのではないだろうか。もともと、仏教者としてさほど優れた人物ではなかった俊寛が、与えられた苦難を自らの選択で乗り越えていくことによって、真の宗教者になったに違いない。
 そんなことを考えました。師匠の語りから感じ取ったのです。

 呂太夫師匠の深い思いと芸が、古典の作品である「俊寛」に新しい命を吹き込みました。その現場に立ち会えたことが、この上なく幸福に感じられました。

 これからも呂太夫師匠は古典をより普遍的なものとして(現代人に通じるばかりでなく、国境を越えてどんな人の心をも打つ作品として)提示していかれるのではないか。そんな気がしました。
 ふと、「天命」という言葉が浮かびました。この方には天命がある。それに気付き、それを全うしていこうとなさっている。そう思いました。師匠の前にあるのは前人未到のいばらの道に違いないのです。
 師匠のこれからの歩みをしっかりと聴いて、見て、微力ながら応援していきたいです。

      天命を持つ人の芸初芝居




 

初春文楽「摂州合邦辻」

 上演中の初春文楽公演を一部、二部ともに見ました。今回の公演は八代目竹本綱太夫五十回忌追善と豊竹咲甫(さきほ)太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露の公演です。

 その「口上」は一部で行われました。正面に
八代目竹本綱太夫のモノクロ写真。私はこの方を存じ上げません。豊竹咲太夫のお父さんなのだそうです。舞台背景は龍を描いた墨絵。簡素で力強い印象です。

 舞台上には咲太夫と新・織太夫の二人だけが座っていました。口上を述べるのは咲太夫だけで、織太夫は終始、無言です。咲太夫の口上は真心が溢れていて、胸を打つものでした。

 もともと、文楽では襲名披露の口上はごく簡素に行われていたのです。このごろは歌舞伎の影響か、きらびやかでものものしい口上が増えています。今回は文楽本来の質素で心のこもったものだったので、好感が持てました。

 「口上」に続いて、追善と襲名の披露狂言、「摂州合邦辻(がっぽうがつじ)」の「合邦住家の段」が上演されました。

 演者の顔ぶれは次の通りです。

   中  竹本南都太夫、三味線・鶴澤清馗(せいき)
   切  豊竹咲太夫、三味線・鶴澤清治
   後  新・竹本織太夫、三味線・鶴澤燕三(えんざ)

 人形はヒロインの玉手御前を桐竹勘十郎、その父を吉田和生、ほかの方々でした。

 咲甫太夫改め織太夫は祖父が高名な三味線弾きの鶴澤道八(故人)。人間国宝の清治は伯父、
清馗は弟なのだそうです。

 話のあらすじははしょりますが、とてもドラマチックな内容です。ヒロインの玉手御前が理知的、行動的でしかも情に厚く、実にかっこいい。こんな女性像は文楽のほかの作品には存在しません。

 そして、新・織太夫さんの語りの凄まじいことと言ったら! 予想をはるかに超える大迫力でした。
 豊かな声量と広い声域、声質の良さ、巧みな表現力。どんなに大声を張り上げても心地よく聴いていられるリズム感の良さ。素晴らしいです。

 襲名すると、それまでも実力のあった方がさらに何倍もの力を発揮する姿を文楽でも歌舞伎でも繰り返し見てきましたが、この日の織太夫さんはまさにそのとおりでした。

 ほぼ満員の会場はすっかり興奮して、この披露公演は大成功でした。
私自身、見終わった後は織太夫さんの凄さにただただ圧倒されていました。

 ところが、終演後、時間が経つにつれて、思うことが変わってきたのです。
 確かに織太夫さんの語りは素晴らしかったのですが、にもかかわらず、今回の公演で最も注目すべきだったのは「口上」の前に上演された「平家女護島(にょごのしま) 鬼界が島の段」の豊竹呂太夫の語りだったのではないかと。

 続きは別の記事に書きます。

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