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カテゴリー「俳句」の記事

2018年6月21日 (木)

ばら園と透析

 6月の句会前、自分の詠んだ句のうち(数だけはたくさんありました)、どれが良いのかがわからず、「誰かに添削してもらえたらなあ」としきりに思いました。添削された句はもはや私の作品とは言えないので、投句出来ないのですけどね。
 しばらく添削を受けたら、推敲のポイントがわかるかも…という考えから、NHK学園の通信講座に興味を持ちました。

 資料を取り寄せると、「俳句おためし添削提出はがき」というのが同封されていました。講座の申し込みをしなくても、とりあえず1句は添削してもらえるらしいのです。
 書いたのは

     ばら園の児(こ)らのさざめき透析す

 という句でした。
 発送した後で、「唐突に透析す、なんて出てきて、意味がわかりませんという添削が返ってくるかなあ」と思っていました。

 実はこの句、さらに手入れをして

     ばら園の風通る部屋透析す

 として、6月の句会に出そうと、直前まで思っていたのです。
 
 5月に伊丹市のバラ公園に行ったときに見た実景が材料です。小学生3クラス分くらいの団体がやってきて(聞いてみると1年生でした)、しばらく広場にじっとしていた後、思い思いに遊び始めました。走り回っている子たちもいます。

 狭いバラ園だと、バラの棘が刺さったりしないか気になりますし、騒々しいのも迷惑です。でもこのバラ公園は広大なので、楽しそうな雰囲気が盛り上がっただけでした。

 ふと見ると、バラ公園に面した道路に4階建くらいのビルがあり、高い位置の壁に大きな文字で「人工透析」と書いてあります。そのすぐ横の窓のある部屋で今も人工透析を受けている人がいるのかなあ、と想像しました。
 こうして詠んだ一句だったのです。

 句会に出す間際になって、自分勝手にひとのことを想像して、ひとり合点な感傷に浸っているだけなんじゃないか? という疑念が湧いてきて、結局この句は出さずじまいでした。

 今日、おためし添削の返事が返ってきました。講評というか、講師の方の読み解きが記され、「児」は乳児や幼児など小さい子をさすことが多いので、「子」で良いのでは? とのこと。添削後は

     ばら園の子らのさざめき透析す

 と、「児」を「子」に変えただけ。「さざめき」の横には小さな赤マルが付いていました。
 その上、私自身が透析を受けているのかなと想像されたようで、丁寧なお見舞いの言葉まで書かれていました。なんだか申し訳ないような気持ちになりました。

 ばら園の子らのさざめき から 透析す へ飛ぶのはアリなんだ!
 一つ、わかったような気がします。
 講師の先生、ありがとうございます!

 (通信講座を受けるかどうかはまだ思案中です。)
 (前の句会で講師の先生の句が1句も選ばれなかったことを「好不調」と書きましたが、受講生の鑑賞力不足かもしれません。先生、失礼なことを書いてごめんなさい。)
 

2018年6月17日 (日)

西村和子さんの句

 発売中の季刊雑誌「俳句あるふぁ」に「自選200句で読む 西村和子の俳句世界」という特集記事が掲載されています。読んでみると、琴線に触れるというのでしょうか、「あ、いいな!」と思う句がいくつも見つかりました。


    シクラメンうたふごとくに並びをり

    手袋をかつきりはめて旅はじまる

    囀(さえずり)に色あらば今瑠璃色に

    道混んでゐてバス空いてゐて師走

    人去れば枯木囁くかも知れず

    しやぼん玉兄弟髪の色違う

    ごきぶりを見しより疑心兆したる

    桐の花らしき高さに咲きにけり

    あめんぼの輪より雨の輪増えて来し

    子に遅れ歩む楽しさ夏帽子

    明易(やす)や愛憎いづれ罪深き

    大枯木話を聞いてくれさうな

    虫籠に虫ゐる軽さゐぬ軽さ

    紙風船息吹き入れてかへしやる

    どんぐりごま狂はぬもののつまらなさ

    継ぐといふことを尊び初蹴鞠

    二十一世紀の闇へ卒業す

    朽ち橋を渡れと呼ばふ螢かな

    風狂に瘋癲に夏心地よき

    鉾の辻回し祈りを力とし

    ふたり四人そしてひとりの葱刻む

    目に残るとは消ゆること春の雪

    言の葉の非力なれども花便り

    その窓は風を聴く窓緑さす

    生き残るとてもつかの間さくら咲く

    露草や嬰児(ややこ)ながらに目の力

    淋しさを飼ひ慣らせしや邯鄲も

    丸太町下ル小店の蕪蒸

    柚子ひとつ渡す言葉を託すごと

    少年のなぜは我が何故秋深し

    趣味道楽極道を経て翁の忌

    

    

2018年6月16日 (土)

愚陀仏庵ネット俳句会で2度目の入選

 2月に投稿した俳句が入選して大喜びした愚陀仏庵インターネット俳句会、4月に投稿したものも入選しました。3月は投稿しませんでした。

    こんな日は執事が欲しい花疲れ

 やった! 選者さん、選んでくださってありがとう!
 実を言うと、こんな句、作ったっけ? と、すでに記憶が朧です。
 「執事」はテレビドラマの影響。
 見ていた人はわかりますよね?

2018年6月 7日 (木)

3度目の句会で首位に!?

 月に1度の初心者向け俳句講座。今日は私にとって3度目の句会でした。講師の先生を含め8人が参加し、一人は欠席で句だけを提出しました。合計25句です。

 受講生は佳作2と特選1を選びます。先生は佳作5と特選3を選び、今回は特選に「天・地・人」の区別をつけませんでした。

 私が投句した3句のうち、

    荒物屋また一つ消え梅雨に入る

 が、受講生の特選1と佳作2、そのうえ先生の特選をいただきました! わーい!

    芍薬や玻璃の器の大吟醸

 この句は、受講生の佳作2と、先生の佳作をいただきました。

 ほかに人気が高かったのはMさんの次の句です。

    どくだみの古家つつみて白き闇

 受講生の特選2、佳作1、それに先生の佳作をゲットしていました。ただ、この句について先生は「〜て」という表現はつい使ってしまいがちですが、描きすぎてくどくなってしまう。思い切って切った方がいいです、とおっしゃり、「どくだみや古家をつつむ白き闇」と添削されました。なるほど、ぐんと良くなりますね。

 私が投句した残りの1句、

    街路樹の日々に膨らむ薄暑かな

は佳作一つもいただけず、撃沈しました。自分としては真面目に写生したつもりでしたが、平凡でしたね。

 試みに受講生の佳作を1点、特選を2点、先生の佳作を3点、特選を4点として獲得した点数を合計してみると、Mさんの「どくだみの」と私の「荒物屋」がどちらも同じ8点。でも、私の句には先生の特選が入っているので、8点の上、8点の下と分けるなら、私の句が8点の上ということになります。

 受講生別に合計点を出してみると、Yさんと私が首位で同じ13点。が、ここでもYさんには先生の特選がないので、僅差で私が勝った(?)ことになります。
 3度目にしてトップに立った! と大喜びしています。勝ち負けじゃないのに、ちょっと変だよねと思いつつ。

 「荒物屋」の句は、先生も受講生もほぼ同じ世代なので、共感を得たようです。「荒物屋また一つ消え」は実景で(ただし2年ほど前のことですが)、季語は取り合わせました。

 「芍薬や」の句は推敲してかなり変えました。
 先日、熱を出した孫の子守をしたお礼にと、娘が大吟醸の720ml入りを2本、送ってくれたのです。私は大吟醸が大好き。でも高いので、自分では買いません。
 娘に「ありがとう。気を使わないでいいのに。高かったでしょう」とメールすると、高島屋で試飲販売していたので味見して選んだのだとか。1本は割と高いけど、もう片方は意外と安かったのだそうです。高い方は純米酒で、安い方はそうではありませんでした。

 このお酒をガラスのぐい呑みに注いで飲みながら、ちょうど今、庭で咲いている紫陽花を季語にして

    紫陽花や玻璃のグラスの大吟醸

 と詠んだのが最初です。でも考えてみると、玻璃=ガラスで、グラスも元はと言えばガラスのことだったはず。それだと、ガラスが2度重なっています。紫陽花も、大吟醸とは釣り合いが取れない気がして来ました。

 ここで思い出したのが、長年習っている茶道での、お茶事の稽古です。私が師事している先生はたびたびご自宅でお茶事の稽古をしてくださいました(今は高齢で無理になりました)。
 お茶事といえば懐石(料理)が付き物。懐石には必ず日本酒が添えられます。違う種類のお酒が2度、出されるのですが、先生はいつもそのうち1回は大吟醸にしてくださいました。夏のお稽古ではガラスの酒器に入れるので、とても涼しげです。
 長時間の正座に疲れてソファで一休みしていると、庭には芍薬が咲いていたりします。 そんなことを思い出して、句を作り直しました。茶道を習ってきたことが句作に役立ったのは初めてです。

 講師の先生は「芍薬は牡丹と違って花屋さんでも蕾の状態で売られています。それを買って花瓶に活けると、花が開きます。私はお酒を飲まないので大吟醸の味はわかりませんが、上等の日本酒がガラスの器に入っているというところがとても涼しげです」と解釈されました。

 付け加えて、「この句の作者が男性だとすると、少し色っぽい句だとも読めます。立てば芍薬座れば牡丹、と言うように、芍薬は美人を現すこともある。女性と二人、ガラスの器で大吟醸を飲む時間を過ごした後、この句を相手に送ったら、気の利いたラブレターになりますから」ですって。
 私が芍薬に抱いていたイメージは比類なく豪華で品が良く、格の高い花、ということだけで、美人のシンボルだなんてことまではまったく思いが及んでいませんでした。

 今回、先生の3句は受講生が誰一人、佳作にも選ばず、先生は「いつかこんな日が来ると思っていました」と苦笑い。講師をするほどの方でもそのときどきで好不調があるんですね。
 まして私などは…。次回の句会でも今回のような評価が得られるかどうかは不明です。でも、努力は続けます。

2018年6月 1日 (金)

初蛍

 先週、3歳の孫が久しぶりに熱を出したので、京都に住んでいる娘の家へ助っ人に行ってきました。熱はすぐには下がりませんし、娘は何日も続けて仕事を休むわけにいかないので、娘の家で孫の面倒を見たのです。一泊、1日半でした。

 晩御飯を婿も一緒に食べている時、ふと蛍が話題になりました。私が、生まれてからまだ一度も蛍を見たことがない、と話すと、娘夫婦が家のすぐ近くの川に蛍が出ていると言うのです。
 食後、さっそく見にいくことにしました。娘は孫を抱っこしていました。

 幅せいぜい4mくらいの浅い川が流れています。川べりに立って向こう岸を見ると、水の少し上のあたりに3つ4つ、光るものがいます。町中なので、あたりは真っ暗ではないのですが、ちゃんと見えました。
 じっと見ていると、つーとゆっくり動きます。初めて見る蛍です。感激でした。
 この記事のタイトルの「初蛍」は、その年初めて見た蛍という意味ですが、私にとっては二重に「初」でした。

 昨日は月1回の初心者向け俳句講座の日でした。講師の先生が「蛍」を季語とする名句を11句、紹介して、解説してくださいました。「螢」と古い表記で書いたり、「ほうたる」と書いたりもするようです。

 私が一番気に入ったのは、次の句です。

    息づかひ静かな人と蛍の夜      茨木和生

 作者は奈良在住の現在70代の俳人だそう。先生が個人的にもよくご存知で、「鉄腕アトム」のお茶の水博士のような風貌なんですって。この句の繊細で少しロマンチックな詩情。人は外観ではわからないものですね。

 こんな句もありました。とても有名な句らしいのですが、私は初めて知りました。

    じゃんけんで負けて蛍に生まれたの    池田澄子

 話し言葉で平明で、まるでつぶやきのような俳句。びっくりです。俳句って多彩というか、世界が広いのですね。

 先生が「ぜひご自分なりの蛍の句を詠んでみてください」とおっしゃいましたが、まだできません。新鮮な発想をするということ、難しいです。






2018年4月16日 (月)

インターネット俳句会で入選!

 「愚陀仏庵インターネット俳句会」というサイトがあり、毎月、俳句を募集しています。メールで、一人3句まで送れます。2月に、肝試し?みたいな気持ちで3句送って、その後すっかり忘れていました。

 久しぶりにそのサイトを覗いたら、2月投句分から選ばれた句が発表されていました。特選10句、秀逸10句、そして入選67句です。

 何気なく読んでいたら、入選句の中に、どこかで読んだことのある句が。誰のだっけ? なんと、私が投句した3句のうちの一つでした。

    二つ三つ芽吹かせて去る女神かな

 どちらかというと妄想系でしょうか。
 全部で87句も選ばれた中の、しかも特選でも秀逸でもなく入選に過ぎないのですが、それでもうれしい! とってもうれしい! 

 この勢いで、どんどん句を作っていこう! と意気込みは十分です。

2018年4月 9日 (月)

初心者向け俳句講座、2回目の句会でした

 3月末、初心者向け俳句講座の2回目の句会が開かれました。出席者は先生を含めて5人。ほかに、欠席だけれど句だけで参加した方が一人いました。全部で20の句が集まりました。

 一般の句会とは少しルールが違うかもしれないのですが、この講座の句会では、先生を除く参加者が特選1句と佳作2句を選びます。先生は特選3句を選び、「天・地・人」のランクをつけます。佳作は6句選びます。
 
 結果、先生の特選「天」と、受講生の特選1、佳作2を勝ち取ったのは
 
    陽のあたる坂のどこかに沈丁花

 私も佳作に選びました。Aさんの作品です。

 先生の特選「地」と、受講生の佳作2をもらったのは

    眉ペンのやはらかき朝桃の花

 なんと、私の作った句だったんです! うれしい!
 Aさんから「女性らしい繊細さが感じられる」という評をいただきました。私自身はあんまり女性らしくはないんですけどもね。

 先生の特選「人」をもらい、私も佳作に選んだのは

    白木蓮飛び立つ前の小鳥たち

 これもAさんの作品でした。Aさん、すごい! 先生のほかは私しか選んでいなかったのがなんだかうれしかったです。

 そして、私が特選にしたのは

    春の子よ走って転ぶまた走る

 でした。開けてびっくり、先生の句だったのです。私以外は誰も佳作にすら選んでいませんでした。句の鑑賞眼ができてきたかな? と、これもうれしくてたまりませんでした。

 私が提出した残り2句は佳作一つもいただけず、撃沈。そのうち

    春服でスキップ跳ねる歩道かな

 については、先生から、「スキップ」と「跳ねる」は同じ意味になっているので、「春服がスキップ横断歩道かな」とすると良いのでは? とのアドバイスをいただきました。
 もともと、横断歩道を幼い女の子が明るくなった春の光の下をスキップで渡っていく光景を見て詠んだ句だったのです。「横断歩道」は長すぎると思って「歩道」にしていたのですが、先生のおっしゃるようにすればよかったんですね。

 もう1句は

     愛猫の昔語りや恋の夜

 「猫の恋」という季語から妄想を膨らませて作ったのですが、まったく評価されませんでした。意味がわからなかったでしょうか。

 2度目の句会は1度目に比べると飛躍的な成果を上げることができました。これでますますやる気が湧いてきました。俳句、これからも頑張ります!


2018年3月19日 (月)

初心者向け俳句講座の受講を続けています

 某カルチャーセンターで開かれている初心者向け俳句講座の受講を続けています。この講座は月1回の開講で、3回で1クールです。私は2クール目に入りました。

 年が明けてから、1回目と2回目を受講しました。講師の先生(40代後半から50代くらいの女性です)がその季節の季語を使った俳句を紹介して、解説してくださいます。

 1回目は、

    切り口の鋭き竹の松飾     有馬朗人

    くらがりに音の生まれて若井汲む    鷹羽狩行

    元日の山みな低き大和かな     大峯あきら

    赤ん坊のひとつ年とる母の胸    長谷川櫂

    花散らしつつ山茶花を活けにけり    片山由美子


 など、9句でした。
 私はこの中では有馬朗人さんの句が好きです。「か」行の音の繰り返しから生まれる硬質な響きが心地よいのです。竹林の中で竹を伐るときに響き渡る「カーン」という音のような清々しさが感じられ、新年にふさわしい句だと思います。

 先生は奈良在住で、東大寺の修二会にお詳しくて、そのお話を1回目と2回目にわたってしてくださいました。

 修二会(二月に修する法会)は全国のお寺で行われていますが、東大寺が特に有名です。それで、季語で「修二会」といえば東大寺の修二会を指すのだそうです。お水取りという行事は東大寺だけのものです。
 752年に始まってから、一度も途絶えたことがありません。僧たちが懸命に祈っているのは東大寺の繁栄ではなく、世界の平和です。

 2月の1日から14日まで、行が行われます。悔過(けか)法要と言って、祈りの前に、まずこれまでの罪をおわびする行をします。11人の僧が一日一食で過ごし、ひたすら謝罪を続けます。その後で祈りに入るのだそうです。
 あのよく報道される場面で松明を持って走っているのは僧ではなく、僧の付き人、童子なのだそうです。

 行の中で、僧がこれまでに平和に貢献した人物の名前を聖武天皇から順に読み上げます。ずいぶん昔のあるとき、帳面を読み上げていた僧がふと見ると、緑色の衣をまとった女性が暗がりに立っています。そして、「なぜ私の名前を読み上げないのか」と責めるのです。そこは女人禁制の領域で、女性が入ってくることなど考えられないのです。

 僧は、少し考えてから、やや小さめの声で「青衣(しょうえ)の女人」と読み上げました。それを聞いて、女性の姿は消えました。このころ、緑と青とはどちらも青と称されていたので、「青衣」としたのだそうです。
 これ以来、毎年必ず「青衣の女人」は小声で読み上げられるのだそうです。

 修二会には謎の部分が多いのですが、それを長年にわたって研究し続けたのが佐藤道子という学者さんです。
 修二会には女人禁制の部分があり、そこには研究者も立ち入ることができないのですが、それ以外の部分では、佐藤さんのあまりの熱心さに東大寺の側も心を打たれ、協力するようになったそうです。研究成果は本にまとめられています。

 2度目の講座では、早春の俳句7句のほかに、修二会を読んだ俳句5句が紹介されました。

 早春の俳句

    犬ふぐり三時のバスが通ったぞ     有働 亨

    冴えかへるもののひとつに夜の鼻    加藤楸邨

    雪とけて村いっぱいの子どもかな    小林一茶

    二月尽何か大きな忘れもの        下村ひろし

    今日何もなにもかも春らしく        稲畑汀子

などです。

 修二会を詠った句

    法螺(ほら)鳴つて鳴つて修二会の火の駆くる   大野林火

    つまづきて修二会の闇を手につかむ     橋本多佳子

    修二会走る走る女人をおきざりに       橋本多佳子

    刻(とき)みじかし走りて駆けて修二会僧   橋本多佳子

    春寒し水取のあと二日ほど      阿波野青畝

 次回、3月29日は句会です。
 

2018年2月23日 (金)

まず1000句を目指す

 藤田湘子という高名な俳人がいます。残念ながら故人です。この人の名前を初めて知ったのは『俳句という愉しみ』(小林恭二著、岩波新書)でした。
 俳句に興味を持ち始め、でもまだ実作はしていなかった頃、旧友が勧めてくれたのです。『俳句という遊び』という本と連作です。
 この2冊で初めて知った俳人がたくさんいます。何よりも、この2冊を読んで、俳句の世界の奥深さにどーんと大きな衝撃を受けました。正直、「ぶったまげた」のでした。

 藤田湘子に話を戻しますと、この人には俳句関連の著書が多数あります。俳句にはまりだしてから、いろんな人が書いた俳句関連の本をずいぶん読みましたが、この人の著書が一番面白く、分かりやすく、実用的でした。
 「俳句は韻文であることを忘れてはいけない」「季語の持つ力を信じること」「はじめは頑ななまでに五・七・五の定型を守るべき」などなど、大事なポイントがいくつも記されていました。

 湘子の教えの中でもとりわけ今、やってみようと思っているのは、「多作を心がけること」です。とにかくどんどん作ること。1年で1000句だったかな? そんなペースで作っていくうちに、俳句というものがだんだんわかってくるのだそうです。
 
 いつでも俳句を書き留められるようにと、小さめのノートを買って持ち歩くようになり、初めて句を記したのは昨年の10月29日でした。そして一昨日、やっと250句を超えました。
 まだまだ俳句の作り方はよくわからないまま、手探り状態ですが、臆せずにせっせと作っていこうと思っています。

    三十年前の黄と青冬帽子

    初孫と友の笑む声水ぬるむ

    講堂も仮設なりけり卒業す
      (長女の卒業式を思い出して。震災の翌年でした。)

    雫(しずく)ぽたりおろし生姜や春浅し

    空色のスニーカー跳ぶ春日かな

    眠たげな月が見守る猫の恋

    春風に電線揺れる珈琲屋

    通販もSに冷たし春炬燵

    朝ごとの厠(かわや)掃除や春浅し

    炭うるはし訪(おとな)ひを待つ茶室かな

2018年2月20日 (火)

安ワインにもそれなりの

 用事で大阪に行き、ひと段落すると4時過ぎ。小腹が空いて、通りがかった小さなお店の「ビール&ワイン」という看板に惹かれて入りました。外から見たところ、女性客が4、5人いたので入りやすかったのです。

 カウンターに座ると、ウェイトレスさんが来て、「飲み放題コースになさいますか?」。グラスワインを2杯もいただけば十分、と思っていたので、「いえ、そんなには」と断りました。
 
 ところがメニューを見てみると、


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 飲み放題コースというのは、ワインは30種類から飲み放題。小皿料理を2皿(お通し)で380円。30分コースだと時間制限は30分で500円なのだそうです。
 どのみち長居をする気はないし、ハウスワインを2杯飲んで、小皿料理(タパス、アヒージョのたぐい)を2種類くらいオーダーすると、結局値段は同じくらいになり、ワインの選択肢が幅広い分だけ、「飲み放題コース」の方がお得なのだとか。
 そう聞いて、そちらに決めました。

 小皿料理はメニューの中からアボカドポテトとトマトジュレを選択。ワインは赤か白、甘口から辛口まで10段階に分類したものの中から赤の辛口寄りの6〜8あたりを、とお願いしました。

 運ばれてきたのはこちら。

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 左は見たことのあるラベルです。葡萄の品種は右がカベルネ・ソーヴィニョン、
左はピノ・ノワールらしい。左はチリ産で、右のは忘れました。
 普段、晩御飯にワインを飲むときに買ってくるような、1本1000円程度のお酒です。それなりに美味しい。

 でも飲んでいるうちに物足りなく感じられたので、一番辛口の9、10のワインを頼んだら、この3本が並びました。

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 オーストラリア、南アフリカ、そしてチリ産のワインです。飲み比べると少しずつ味が違います。ほどほどに美味しく、まあこの値段ならこんなものかな、というところ。

 グラスはいくつも用意してくれるので、次々に新しいグラスにワインを注ぎます。グラスに3分の1くらいでしたが、5種類飲んだらほろ酔い機嫌になりました。
 時間はまだ余っていたので、ウェイトレスさんが「もっとほかのをお出ししましょうか」と聞いてくれましたが、もう十分でした。これでお勘定は950円です。

 安くてもそこそこの味で、普段に飲むには十分。それなりに満足なのだけれど、そのクラスのワインばかり飲むと、飽きてしまい、もっと美味しいワインが飲みたくなってきました。

 40代の頃には(たいていは姉のおごりで)かなり高級なワインを何度も飲んだことがあるのです。産地や葡萄の品種によってそれぞれ異なる、個性的な香り、深い味わい。美味しかったなあ。
 安いワインを5種類も飲んだおかげで、かえって上等のワインが恋しくなってしまいました。そんな機会はなかなかないのですけれどね。


    安ワインにもそれなりの春の宵

 

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