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カテゴリー「山歩き」の記事

山歩き・町歩き

2019年2月15日 (金)

菊水山から烏原貯水池へ

 先日、そらまめさん、Hさんとハイキングに行きました。この顔ぶれで歩くのは久しぶりで、とてもうれしい!
 神戸電鉄の鈴蘭台駅を10時過ぎに出発。少し歩いて、菊水山の登山口に着きました。
 初めは少し傾斜の強い階段が続いて、すぐに息切れが。それなりに鍛えているつもりなのに、情けないです。「きついのは最初だけだから」とそらまめさんに励まされ、めげずに登って行きます。

 そらまめさんが言ったとおり、きつかったのは最初のほうだけで、あとはそれほどでもなく、順調に登って11時40分頃、山頂に着きました。神戸市街や明石海峡大橋を眺めることができ、絶景です。少しもやがかかっていましたけれど。
 ここでお弁当です。3人ともスープジャー持参。ホカホカのお昼ご飯で温まりました。

 記念写真を撮ってから(いつもそらまめさんに撮ってもらっています)、傾斜の厳しい下り道をゆっくり慎重に下ります。途中、清流が道のそばを流れ、水音を聞きながら歩けるのが心地よかったです。野鳥のさえずりも聞こえました。
 やがて烏原(からすはら)貯水池に着きました。

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 明治34年、神戸市に水道を引くためにここにダムを作る工事が始まり、38年に完成したのだそうです。

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 湖畔は「水と森の回遊路」という自然道になっています。樹木が茂り、野鳥の姿も見ることができました。

 堰堤の上も歩け、レトロな建築物が見られます。

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 ダムの建設によって烏原村が水没しました。98戸、414人の人々が暮らしていたそうです。線香の原料にする粉が特産品で、それを挽くために使われていた石うすが記念として護岸に埋められています。

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 住んでいた村が水没するなんて、寂しいでしょうねえ。その方々の協力のおかげで神戸市民は水道の恩恵にあずかっているのかも。私が住んでいる自治体の水道にも、調べてみたらきっとさまざまな歴史があるのでしょう。

 兵庫区の市街地に下り、三宮駅の近くまでバスに乗って帰りました。
 登山アプリ「YAMAP」をこの日初めて使いました。歩いた距離など、保存したつもりなのに、調べてみたら消えています! どうもまだ使い方がよくわかっていないようです。



 

2019年2月 6日 (水)

今城塚古墳など12km

 この前の日曜日、久しぶりに歩きに行きました。「JRふれあいハイキング」の催しです。
 JR京都線の島本駅で集合、摂津富田駅で解散するというもので、途中、「太閤道」というところを通るのです。ここがややきついところもある山道で、展望が素晴らしいのだとか。山歩きができる! とストックを用意して張り切って出かけたのですが…。

 北摂一帯は昨年秋の台風で被害が大きかったのだそうです。くだんの太閤道も倒木がひどくてまだ片付いておらず、主催者が前日に下見したところ、一人や二人なら歩けるけれども集団では無理とわかったのだとか。
 出発前の説明でそんな話がされ、コース変更と聞いてがっかりしてしまいました。もっと早く告知してくれたら来なかったのに。でも、下見はやはり前日にするべきものなのでしょうね。

 参加を取りやめてもよかったのですが、1月は一度も長い距離を歩いていません。平坦な道でも歩けば気持ちいいかも、と考え直しました。

 歩いたのは住宅地や交通量の多い道路沿いの舗装された道がほとんどで、写真を撮りたくなるようなスポットはなかなか見つかりません。とはいえ、コースの最後の方でちょっと面白いところに行きました。それが今城(いましろ)塚古墳です。

 まず、埴輪がずらりと並ぶ広場のような場所に到着。壮観です。写真をクリックしてみてください。

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 家や鳥、人間など、種類がいっぱい。今風の表現でいえば、どれも「かわいい」です。人間を表す埴輪は表情がユーモラスでした。
 これらはもちろんレプリカで、今城塚古墳から出土した埴輪を写したものだそうです。136点以上の埴輪が発掘されたのです。

 トイレ休憩後、古墳の中を歩きました。古墳は各地にありますが、中を歩ける古墳はここだけだとか。下の写真が入り口です。ここからは地道でした! うれしい! 傾斜も少しあります。

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 古墳の中心部を縁取るようにして歩いて行きます。

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 そこそこの距離です。後で見た高槻市のホームページによると、総長約350m、幅は約360mの前方後円墳なのでした。

 一番外側は広々とした芝生でした。外濠だそうです。家族連れが遊んでいました。

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 古墳を歩くって、めったにできない体験です。参加してよかったと思えました。この古墳は531年にみまかった継体天皇のお墓と考えられているとのことです。

 この日はおよそ12.5kmを歩きました。まとまった距離を歩けたので、それなりに運動になったし、気分もすっきりしました。参加者は189人だったそうです。

 スマホの歩数計では家を出て帰るまでに約19km、27,000歩余りを歩いていました。


2018年12月25日 (火)

サーモス スープジャー

 大文字山ハイキングで初使いしたサーモススープジャー。暖かい汁物が暖かいまま食べられます。少しは冷めますが、それでかえって食べやすくなります。

 昨年12月、再度山に行ったとき、連れのそらまめさんとHさんがスープジャーを持参していました。その時は「いいな」と思ったものの、私も欲しい! とまでは考えませんでした。

 ところが最近のハイキングで、2回続けて昼ごはんの後、胃の調子が悪くなったのです。寒い日に冷たいものを食べたのがよくなかったみたい。

 以前からネットでスープジャーについて調べていて、サーモスの製品が一番機能が良いらしいと知っていました。アマゾンで値段を見ると、380ml のが2267円。ポーチとお箸がセットになったものだと、ポーチは1453円、お箸は1080円で、セット価格は4800円(税込だと5184円)でした。 

 実際にどれくらいの大きさなのかを確かめたくて、近くのイオンへ。セール中で値下げしたものが出ていました。ただし400mlのが一つと、250mlだったか、かなり小さいのが一つだけ、アマゾンとたいして変わらない値段です。

 小さすぎるよりは大きい方がいいかも、と、400mlのを買うことにしました(私の場合、お弁当はこれだけで、ご飯やパンは食べません)。箱と取説がなくて、その分、10%値引してくれました。
 さらに、ポーチとお箸はセールではないのに、アマゾンより安かったのです。合計で4545円(税込)。
 結局、お得なお買い物ができました。

 ネット通販は実店舗より安いことが多いので、何でも安いんだと思い込んでいたけど、案外そうでもない場合もある! 新発見です。
 イオンに行ってみてよかったわー。

 (400mlはやはりちょっと容量が多すぎて、残してしまいます。かといって、少なめに入れると冷めやすいらしいです。)



2018年12月24日 (月)

金戒光明寺、吉田神社から大文字山に登って14km

 12月16日(日)、阪急ハイキングの「師走の京都を眺めよう  金戒光明寺から吉田山・大文字山コース」に参加しました。

 10時半に四条河原町で賀茂川の西側河川敷を北に向かって出発。よく晴れています。

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 丸太町通を東へ進み、岡崎から北へ。金戒(こんかい)光明寺に着きました。

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 通称「くろ谷さん」。「黒谷」という名前は以前から知っていましたが、こういう名前のお寺だとは知りませんでした。ずいぶん立派なお寺です。

 境内を抜けて、吉田神社へ。鳥居を途中までくぐり、

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 吉田山公園を歩き、

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 銀閣の門前を過ぎて、地道に入ります。

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 このあたりは国有林だそうです。
 やがて大文字山の登り口に着きました。

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 けっこうきつい山道を登りました。ストックを持っていってよかった!

 12時ごろ、火床が並んでいる場所に到着。昼食です。五山送り火のときは、この火床に燃料を置いて燃やすのだそう。

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 燃料(木かな?)を持って上がるのが大変でしょうね。

 京都市街が一望できます。

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 私はスープジャーにクリームシチューを入れて行きました。ブロッコリーを入れるつもりだったのに、忘れた〜。

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 寒い日に暖かい食べ物は何よりのご馳走です。

 さらに20分ほど登って、12時45分、頂上へ。三角点を見つけました。

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 この後、アップダウンを繰り返しながら降りて行きます。かなり急な部分も多かったし、時間も登りより長くかかりました。
 こちらから登るコース(何人もすれ違いました)はしんどいだろうなあ。

 途中、台風21号による倒木がおびただしい。ぽっきり折れているものや、

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 根こそぎ倒れているもの。

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 倒木をまたいだりくぐったりを繰り返して、日向(ひむかい)大神宮へ。深閑として人気(ひとけ)が見えません。

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 蹴上のインクラインに降りて、

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 青蓮(しょうれん)院や知恩院の前を通り(神宮道)、2時45分ごろ、阪急電車河原町駅の構内でゴール。参加者は910人だったそうです。スマホの歩数計では32,
000歩近く、22km余りを歩いていました。1210kcalを燃やしたらしい。

 大文字山は低い山だし(標高466m)、大したことはないだろうとたかをくくっていたらとんでもなくて、しっかり歩き応えのあるコースでした。今の私の体力だと、このくらいの標高の山がちょうどいいみたいです。

 今回も山道を歩く楽しさが満喫できました。ただ、倒木の凄まじさには心が痛みました。ちゃんと歩けるようにしてくださった方々(京都市の職員さんかな?)に感謝です。





 

2018年12月15日 (土)

布引の滝、再度(ふたたび)公園、山田道から谷上駅へ11km

 8日(土)、阪急・神鉄コラボハイキングに参加。「心も体も清らかに…滝越え、池越え、山越えて  布引の滝から再度公園・山田道コース」、11kmの行程。山歩きです。

 阪急電車三宮駅から10分ほど歩いた生田川公園で9時半から10時の間に集合。新神戸駅まで緩やかな坂道を登ります。
 駅の北側から布引の滝へ。写真はいくつかある滝の一つです。

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 布引貯水池の橋を渡って、

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 市ケ原、再度東谷を経て再度公園へ。ここまで2時間弱の道のりでした。池を囲んで、樹木の多い園地が広がっています。思い思いの場所に陣取って昼ごはんです。

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 昼食後、準備の整った人から出発します。

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 学習の森の中を通り、森林植物園西門へ。今回の行程では、標高はここがピークです。

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 さっき昼ごはんを食べなかった人はランチタイム。
 ここから1時間余り、山田道を歩きます。

 小ぶりの柿がびっしり実っています。

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 歩いていた人たちが「干したら美味しいやろなあ。欲しいなあ」と言い合っていました。

 川を渡る場所も。

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 上の写真では橋がかかっていますが、川の中にある石を伝って歩く「沢渡り」もちょっぴり味わえました。
 やがてゴールの神鉄谷上駅に着きました。高低差およそ400mのコースでした。

 昨年12月、とても寒い日にそらまめさんに案内してもらって再度山を歩きました。そのとき、すごーく気持ち良くて、家に帰ってからも少しも疲れを感じなかったことを覚えています。
 今回はコースは少し違い、たぶん去年よりもやや緩やかだったのではないかと思います。

 でも、気持ちよさは変わりませんでした。土の道を落ち葉を踏みしめて歩くときの、足の裏の感触。さーっと風が吹くたびに木々がざわめき、はらはらと舞い落ちてくる木の葉。遠くに聞こえる小鳥たちのさえずり。
 渓流がすぐそばを流れたり、見えなくなったかと思うとまた現れて、水音が響いてきます。初冬の高い青空。いくつもの心地よい刺激が重なり合って、歩いている間、何度も「気持ちいいなあ」とつぶやいていました。

 晴天で、寒い日でしたが、歩くとすぐに体が温まり、暑いくらい。スマホの歩数計では家を出てから帰るまでに約21km、31000歩余り歩いていました。



2018年12月10日 (月)

晩秋の斑鳩(いかるが)から安堵の里へ 10km

 12月2日(日)、初めて奈良方面へハイキングに行きました。「JRふれあいハイキング」の催しで、タイトルはこの記事の表題のとおりです。行程は約10kmでした。
 集合はJR王子駅に9時半。王子までは大阪駅から大和路快速1本で行けるので、便利です。

 改札口を出た所で主催者の「安堵観光ボランティアの会」の方々が受付をしていました。ある程度の人数が集まると順次、出発します。私は2班で、幸運なことに参加者は12人と少なめでした。主催者のスタッフが男女各1名ついてくださいました。

 男性が先頭に立って道案内をするとともに、各所で立ち止まって説明をしてくれます。女性はしんがりを務め、車が来ましたよ! と注意を呼びかけたり、説明の補足をしました。二人とも高齢の方ですが、とてもお元気で配慮が行き届いていて感じの良い方々でした。

 さて、コースは…。
 まず三室山の登り口へ。山と言っても標高はわずか82mです。残念ながら工事中のため、登りませんでした。
 登り口には神岳(かむおか)神社の石柱が立っています。

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 「みむろ」とは、神の鎮座する山や森を表す言葉だそうです。飛鳥時代、聖徳太子が斑鳩宮造営にあたり、出生地の産土神(うぶすながみ)を勧請して、その山を三諸山(みもろやま)と呼んだとのこと。

 竜田川へ向かいます。竜田川といえば有名な和歌があります。女性のスタッフさんが紹介しようとして「嵐吹く…何やったかな」と言ったとき、「三室の山の」という続きの7音が口をついて出ました。

   嵐吹く 三室の山の もみじ葉は 竜田の川の 錦なりけり
 
 百人一首に収められた能因法師の歌です。百人一首は高校生の時にしっかり覚えました。学年別にクラス対抗の百人一首大会が毎年行われ、私はクラス選抜5人のチームにいつも入っていたからです。百人一首が大好きでした。映画「ちはやぶる」を見たとき、懐かしさを覚えました。あんな高速で札を取った訳ではないですけどね。
 昔覚えたことの方が最近覚えたことよりもよく脳に残っているというのは本当らしいです。
 
 もう一つの有名な和歌と、二首を並べて刻んだ石板がありました。

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   ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 から紅に 水くくるとは    在原業平

 竜田川に着きました(本当は、昔の竜田川は大和川本流のことだったそうです)。
 写真の橋は、その名も「紅葉橋」(写真はクリックすると拡大します)。

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 川を渡って、土手を登ります。

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 イメージどおりの見事な紅葉です。

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 この紅葉を眺めることができて、この日のハイキングの目的はほとんど達成されたようなもの。そう思えるくらい、美しい眺めでした。ガイドの方々も「間に合ってよかった」と笑顔でした。

 竜田城跡。と言っても、何も残っていません。初代藩主は片桐且元。
 豊臣秀吉の重臣だった人物です。4代で廃城になったのだそう。弟は茶道石州流の祖、片桐石州です。

 龍田神社。

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 社伝によると、龍田大明神が老人の姿で聖徳太子の前に現れたので、太子はその言葉に従って法隆寺建立の場所を定め、龍田神社を法隆寺の鎮守神にしたのだとか。
 能のルーツである大和猿楽の一つ、金剛流の発祥の地でもあり、それを表す石碑が立っていました。

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 境内ではお正月に備えてしめ縄づくりが行われていました。作業をしているのは氏子さんたちなのでしょう。

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 藤ノ木古墳。

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 1985年(昭和60年)に発掘されたとき、大ニュースになりました。盗掘されていない古墳だったのです。
 その後、何度かに分けて発掘調査が行われ、朱塗りの石棺、二人の男性の被葬者(一人は20〜40歳、もう一人は17〜25歳)、豪華な副葬品の数々が発見されました。
 男性二人が合葬されている古墳は珍しいそうで、二人はどういう人物でどのような関係だったのか、いくつか説があるとのことでした。
 入り口から仄暗い内部をかすかに眺めることができます。

 法隆寺南大門を過ぎ、

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 法隆寺 i センター(斑鳩町観光案内所の愛称)で昼食です。

 午後、上宮(かみや)遺跡公園。
 称徳天皇が道鏡と会う際に利用した行宮(あんぐう)、飽波宮(あくなみのみや)跡と考えられています。ここは説明を受けただけで中には入りませんでした。

 駒塚古墳、調子丸古墳を遠くに眺めながら歩きました。
 聖徳太子の愛馬、「黒駒」を葬ったのが駒塚古墳、黒駒のくつわを取っていた従僕の調子丸を埋葬したのが調子丸古墳です。なんと、黒駒古墳の方が大きくて、形も前方後円墳で立派なのです(調子丸古墳は丸墳)。
 愛馬や従僕も古墳に祀られているのかあ。と感心して説明を聞いていたのですが、実は考古学での調査によって、この二つが作られた年代は5世紀で、聖徳太子が活躍した時代よりずっと前だということがわかったのだそうです。事実より物語の方が面白くできているんですね。

 高安天満宮、そして善照寺へ。

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 1467年、応仁の乱が始まった年に蓮如上人によって開かれています。安堵町で最初の小学校、「明倫館」が明治6年にここで開かれたとか。境内には樹齢250年を超える「富生(ふしょう)の松」が奇怪な姿を見せています。

 広峰神社。
 聖徳太子ゆかりの飽波葦垣宮(あくなみあしがきのみや)と伝わる地に建てられた神社です。境内にムクロジの大木がそびえています。ムクロジの実の皮はサポニンという泡を出す物質を含んでいるので、昔は石鹸の代用に使われました。種子は黒く、羽根つきの羽根の球に使います。
 王子駅での受付の際にムクロジの皮付きと皮なしの2種類の実を入れた小袋をもらっていました。なんでだろうと不思議に思っていたのですが、安堵町にゆかりの深い植物だとわかりました。
 鳥居の手前には「業平姿見の井戸」が。でも、周囲はコンクリートでした。

 大正4年に敷設された小型蒸気鉄道の天理軽便鉄道の遺構を何カ所かで見ながら、ゴールの法隆寺駅にたどり着きました。

 斑鳩といえば、昔、田んぼの中の一本道をずっと歩いた記憶があります。はるか遠くまで田園が広がって、なんとものどかな気分に浸ったものです。
 数十年がたって、斑鳩町にもずいぶん住宅が増えました。斑鳩町の隣、安堵町の方に田畑が多く残っていて、安らぎを覚えました。ボランティアの方は「何もないところなんですよ」と言っていましたが、何もないことこそ今では希少価値です。

 あちこちに聖徳太子にまつわる伝説が残っていました。省略しましたが、在原業平に関わる伝承も多い。随所で説明を聞かせていただいたおかげで、この二人、とりわけ聖徳太子が以前より身近に感じられるようになりました。
 もっとも、昨今では「厩戸王」という人物は確かにいたが、「聖徳太子」という名のスーパーマンのような人物は実際には存在しなかったという説も有力になってきているようです。

 お天気は快晴で、午後は汗ばむほど。スマホの歩数計では18km余り、26000歩近くを歩いていました。

(説明は一部、当日配られた資料…コースマップの裏面の文章と、冊子「あかりのまち 安堵」から引用させていただきました。)


 

2018年11月30日 (金)

知明湖、一庫公園、知明山〜11km

 気候が良いことも手伝って、このところすっかりハイキングにはまっています。このブログもまるでハイキングのブログみたいになって来ました。文楽錦秋公演は1部・2部とも見ましたので、そのことも書きたいし、俳句も作っているし…と思いつつ、まず11月24日(土)のハイキングについて記しておきます。

 この催しは能勢電鉄が主催する「のせでん紅葉ハイキング」。参加費は無料で、いつもの通り事前申し込みは不要でした。コースの正式名称は「一庫(ひとくら)ダムから知明山(ちみょうさん)・一庫温泉跡コース」。でも、「一庫温泉跡」はよくわからずじまいでした。

 能勢電鉄の日生中央駅に9時半から10時の間に集合して、簡単な説明の後、出発しました。
 30〜40分、車道沿いに歩いた後、一庫ダムのダム湖である知明湖(ちみょうこ)に着きました。遠くに見える赤い鉄橋は知明さくら橋です(写真はクリックすると拡大します)。

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 このあたり、紅葉真っ盛りと聞いていましたが、紅く色づく樹木が少ないようで、一部に黄葉が見られるだけなのはちょっと寂しい。

 360段の階段を登ります。
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 途中で息切れがしてしまい、傍のベンチに荷物を置いて一休み。その後、登りきったら、最後の階段まではあとわずかでした! もうちょっとだけ頑張ればよかったな。

 それから少し歩いて、県立一庫公園の見晴らしの丘に着きました。広々として開放感いっぱい。幼い子どもを連れて来たら、きっと喜んで走り回るでしょう。
 ここで昼休みです。

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 昼食後、こもれ陽広場という知明山の山頂まで山道を登ります。

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 途中、紅葉した木もちらほら見られました。

 けっこうきつい上り坂で、ハアハアと息を切らしながら登ったのに、三角点の表示を見ると、349.2m。そんなわずかな高さとは! なんだかがっくり来てしまいました。

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 一休みしてから500段の階段を下ります。ひたすら下りていく感じです。このあたりは紅葉がきれいで、目を楽しませてもらいました。

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 さらに坂道をひたすら下りて、湖沿いの道に出ます。ここからは湖を眺めながら車の走行量の多い道路脇を歩いて行きました。ダムも見えました。
 1時50分、スタート地点と同じ日生中央駅でゴール。651名の参加だったそうです。

 わずかとはいえ、久しぶりに山歩きができたので大満足。でも、350m足らずの山を登るのにふうふう言っているようでは情けないですね。 




2018年11月29日 (木)

嵐山から清滝、保津峡へ12km

 14日(水)、「JRふれあいハイキング」に参加しました。ツアーのタイトルは「車折(くるまざき)神社から保津峡へ 紅葉を求めて」。神戸ウオーキング協会という団体が主催していました。参加費は500円です。

 JR嵯峨野線嵯峨嵐山駅前に10時に集合。どんよりと曇っていて肌寒い日です。住宅地を抜け、車折神社へ。ここは芸能人が密かにお参りすることで有名なんだそうです。人気が出るとか、それが続くといったご利益があるのでしょうね。
 木や石でできた小さな柱状のもの…、名前を知らないのですが、それがいくつもいくつも並んでいて、そこに名前が書かれています。テレビでよく見かける俳優さんやタレントさんの名前がたくさん見受けられました。歌舞伎俳優さんの名前も並んでいます。

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 鬱蒼と茂る竹林の間を歩いて、広沢池へ。風情豊かな道筋です。


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 この辺り、はるか遠くまで田んぼが広がっていてのどかな風景です。

 木立に囲まれてひっそりと眠る後宇多天皇陵の前を通り、大覚寺へ。

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 ここは華道の嵯峨御流の本拠地でもあります。

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 トイレ休憩の間にお参りをしました。

 樹木の生い茂る心地よい道を歩き、鳥居本へ。周辺は伝統的建造物保存地区に指定されており、昔ながらの美しい景観が楽しめます。
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 化野(あだしの)念仏寺のそばを通りました。この階段を上がったところに化野念仏寺があります。

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 ずいぶん昔に来たことがあるのですが、場所はすっかり忘れていました。

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 上り坂が長く続き、試峠(こころみとうげ)のピークへ。少し下って、間もなく清滝に到着です。

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 ここでお昼休憩です。

 紅葉の名所ですが、見頃には少しだけ早かったようです。

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 午後は保津川沿いの狭い道を歩きました。東海自然歩道だとか。地道ですし、一部ではちょっとした岩登りも楽しめ、歩きがいがありました。

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 保津峡下りの船が見えます。

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 2時ごろ、JR嵯峨野線の保津峡駅に到着して、解散です。

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 幸い、お天気はなんとかもってくれました。
 次の駅の嵐山(今朝の集合場所)で降り、阪急電車の嵐山駅まで歩いて、阪急で帰りました。JRに比べると、電車賃がずいぶん安くてすみました。

 やっぱり街中を歩くよりも、自然の中を歩くほうがはるかに心地良いです。木々の緑と紅葉を楽しみ、川の水音に癒されました。起伏の多い地道を歩いたのは久しぶりでした。
 阪急の嵐山まで歩いたせいもあって、スマホの歩数計では歩いた距離は20km余り、30000歩近く歩いた計算になっていました。少しは疲れましたが、とても気持ちの良い疲れでした。

 

2018年11月15日 (木)

須磨の史跡を訪ねて7km

 11日(日)は「平清盛生誕900年記念〜こうべ健康ウォーク」という催しに参加しました。須磨の史跡を訪ねて歩くものです。距離は7kmと少なめで、物足りないかな? と思いながらも参加したのは、立ち寄るスポットに興味を引かれたからです。
 「JRふれあいハイキング」の一つですが主催者はNPO法人須磨歴史倶楽部という地元の歴史を研究しているグループ。須磨観光協会共催で、須磨区役所が協力していました。

 9時半にJR鷹取駅に集合。参加者の人数が少ないなと思ったら、須磨区役所まで歩き、ここでたくさんの人が合流しました。
 主催者の挨拶と説明のほか、区長さんも挨拶。25人ずつ4つの班に分かれて、間隔を開けながら出発します。

 今回良かったのは、主催者から各スポットや道筋できちんと説明をしてもらえたことです。しかも、奈良時代に遡るような詳しいお話をたっぷり聞くことができました。
 須磨歴史倶楽部の皆さんは高齢の男性ばかりでしたが体も頭も元気いっぱい。日頃から須磨近辺を歩いたり、さまざまな文献や古地図を調べたりしているようです。

 コースは妙法寺川沿いの道から山手に歩き、勝福寺へ。988年の創建です。清盛が寄進した密教の宝具、花瓶(けびょう)、火舎(かしゃ)、六器(ろっき)は重要文化財で、現在は大阪市立美術館に収蔵されています。この日は火舎のレプリカが本堂の入り口に展示されていました。近辺は閑静な住宅街で心地良く歩けました。

 南西へ歩き、天井川、離宮道、そして松風村雨堂です。能の「松風」を見て感動したことがあるので、一度訪れてみたいと思っていました。
 9世紀の中頃、恋人だった在原行平を偲んで松風・村雨姉妹が住んだと言われる観音堂の跡です。行平が都に帰るとき、二人に残したとされる歌「立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む」を彫った歌碑。古今集にあり、百人一首でもおなじみです。逆光になってしまいました。
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 行平は天皇の悪口を言って須磨へ流罪になったとされていますが、それは虚構で、実際には在原氏が芦屋に領地を持っていたので静養に来たのではないかとのお話でした。

 行平が衣を残した衣掛の松跡。この松は3代目だそうで、しかも雷でも落ちたのか、地上1mのあたりで折れています。

 

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 松風・村雨は元々は「もしほ」「こふじ」という名前だったのだそうです。

 重衡捕らわれの松跡。

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 平重衡は南都の寺々を焼き討ちにした人物。1174年、鎌倉方に捕らえられ、鎌倉に送られたのち、南都側の強い要求で奈良へ移送されることになりましたが、途中で処刑されました。南都側に引き渡したのではどんな残酷な目に合わせるかもしれないとの危惧があったのだそうです。

 頼政薬師(浄福寺)。須磨寺の末寺で、源三位頼政が再興したお寺です。能の「頼政」を見たので、ここにも関心がありました。阪神淡路大震災で倒壊し、その後再建された建物には風趣は感じられませんでした。

 須磨智慧の道(須磨寺へと続く昔ながらの商店街)、須磨寺。

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 義太夫の合宿で何度か来ました。境内が広々としています。元はもっと広大な領地を持っていたのだそう。その多くがいまでは住宅地になっています。
 本堂は重要文化財。

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 三重塔もそびえています。

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 敦盛首塚、敦盛の青葉の笛(本来は「さえだの笛」という名前だとのこと)など史跡や宝物が多数あります。

 与謝蕪村の句碑。

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 芭蕉も訪れているのだそうです。

 JR須磨駅に近い現光寺がゴールです。芭蕉の句碑が建っていました。

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 「見渡せばながむれば見れば須磨の秋」。

 ゴールでは生地のしっかりした白いタオルをもらいました。「須磨歴史倶楽部」の名前が入っています。参加費無料のイベントなのに、驚きました。

 好天で、コースは概ね静かな道を歩くので快適。詳しく説明をしてもらえるのが何より面白く、楽しめました。

 

2018年11月 8日 (木)

阪急山本から能勢電滝山へ11km

 11月3日(土曜で祝日)、「阪急・のせでん合同ハイキング」に参加して11kmを歩きました。コース名は「宝塚・伊丹・川西の廃線跡を探して歩く〜JR中山寺から荒牧バラ公園・摂津鉄道跡コース」です。
 先日の「JRふれあいハイク」とは違い、この催しは民間団体でなく電鉄会社が主催して行なっていました。

 朝9時半から10時の間に、阪急電車宝塚線山本駅のそばにある山本新池公園で集合。9時15分頃に着いたら、すでに100人くらいのハイカーが並んでいました。9時半に主催者から簡単な説明があり、それまでに集まっていた人は出発します。その後も10時まで受付が続き、順に出発したらしいです。
 お天気は最高にいいし、参加費は無料なので、おびただしい人数が参加していました。

 ひなびた雰囲気の住宅街や道路脇の道を歩きました。10時15分に荒牧バラ公園に到着。しばらく散策を楽しみました。川西市文化財資料館を経て、鴨神社へ。

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 ここで昼食。まだ11時10分だったので、そのまま歩き続ける人も少なくありません。私は早起きしてお腹が空いていたので、お弁当を済ませました。

 猪名川沿いの広々とした道を上流へ登ります。川を眺めながら歩くと清々しい気分になれます。

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 途中、ベンチが整備されている場所があり、2つ目の昼食ポイントとして設定されています。ここでお昼を食べる人たちもいました。

 桜並木の紅葉が美しい。葉の数が少ないのは、この夏の暑さにやられて早く落ちてしまった葉もあったからでしょう。

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 水鳥の姿が見えました。

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 能勢電鉄滝山駅に近い出在家健幸公園が解散の場所でした。参加者は全部で1151名だったとのこと。びっくりしました。

 ホームページに前もって掲載されていたコース紹介では、途中の見どころとして「第二次大戦中に当時の国鉄線から分岐していた軍の専用線跡に沿って進む」「明治中期に開業した摂津鉄道軌道跡付近(を歩く)」などと書かれていたので、それも楽しみにしていたのですが、それぞれの場所に説明してくれる人がいるわけではなく、全然わからないまま通り過ぎてしまいました。

 その点が残念でしたけれども、何せ参加費は無料ですし、1000人以上もの人が歩いているのではいちいち説明もできなかったでしょう。
 要所要所にスタッフが立っていて、道案内はしてもらえました。それに、長い時間にわたってハイカーが三三五五歩いているので、例えば文化財資料館に立ち寄るなど好きな場所で好きなように時間を使っても、また元の集団に戻れます。そこが融通がきいていいなと思いました。

 前回、ウォーキングシューズを履いて行って終盤で足の裏が痛くなったので、この日はトレッキングシューズを使いました。6月に購入して、まだ一度も山歩きに使用していない靴です。でも、足慣らしのために何度か普段の外出に履いたので、靴ずれなどのトラブルはなく、快適に歩き通すことができました。

 お天気は良すぎるほどで、紫外線をたくさん浴びました。日焼け止めを塗り、帽子もかぶってはいましたが…。
 骨粗鬆症を治すには紫外線を浴びて活動することが大切だと聞きますので、骨密度が低めの私には良かったのかもしれません。

 

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